プロローグ
「・・・目を覚まして」
抱き寄せる両腕は既に血に塗れて温かく、しかしそれとは裏腹に心はどんどん冷えてゆく。
腕の中の彼が最期に言った言葉、あれは果たして私に向けられたものだったのだろうか。
もっと奥の奥、私の中に眠る“ ナニカ”に対してその視線は向けられていたと、憔悴を隠しきれない笑みで自嘲的に思い返した。
彼との時間はそんなに長くはなかったけれど、そこら辺の友人との付き合いよりは濃く鮮やかなものであったと、今までの出来事をフィルムで見るかの如く走馬灯のように走らせる。
これでは私も死ぬみたいだな。
せめてその灯火の先に彼が居てくれたなら、それもやぶさかでは無いのだろうが。
死とは虚無。
それ以外の何物でもないと無神論者である私は捉えているのだが、わざわざ自分から虚無に身を投じる訳にはまだいかないのだ。
虚無に身を任せる事は、今の私にとってどれだけ楽な選択だろうか。
しかしその救済とも言える選択を選ぶつもりが更々無いのは、単に諦めが悪いからだ。
人の死を諦めない選択など愚行であることは分かっている。
人は死が確定した時から、もう元には戻れないのだから。
そんな当たり前なこと誰でも知っているし、当然私も知っているのだが。
さて、閑話休題。
人は自分の世界観でしか語れない。
自分の価値観でしか測れない。
自分の距離感でしか掴めない。
自分の倫理観でしか解けない。
自分の心理観でしか捉えられない。
では、今私の前に浮かぶ羽根の生えた黒い悪魔の様な男は一体何を意味しているのだろう。
私が創り出した妄想か。
彼を失った私を埋める為の代替物か。
否、悔しいけれど解る。
コレは妄想でも代替物でもない、しっかりと意志を持って私の前に存在しているのだと。
「そんなに大事か?」
黒く色付いた唇を少し開けながら悪魔の様な男は呟いた。
「たかだか三月共に過ごしただけの仲の此奴に何を思う?そういった関係もまだ無かっただろうに。なにがお前をそこまで駆り立てる?」
まだ1分も共に過ごしていない男に言われる言葉でもないと思うが。
しかし男には純粋に疑問なのだろう。
何故私がそこまで彼に固執するのか、
それは自分にもよく分からない。
ただ、その三月の間に彼に魅入っていたという事実は覆しようもない。
それが故に、諦めきれないのだ。
「私は私が望むことをするだけ。」
「本当に望んでいるのか?」
「ええ」
「此奴を生き返らす理由はお前には無いと思うのだが」
「あなたにはそう見えるのね。」
「当たり前であろう。此奴は・・・・」
「お前を殺そうとしたのだぞ?」
月明かりで逆光に照らされた悪魔の様な男が見た私は
それは悪魔の様な笑みを浮かべ彼を抱いていた。