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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

自分殺し

作者: 吉田灯冶

 俺はふぅーと肺に溜まっている煙草の煙を吐き出す。

 それは何かし終わった後、自分の気持ちを落ち着かせるための行為。


「偶然にも最後の一本が残ってたのは奇跡だったな。あとで買っておかないと。ちゃんと忘れないように」


 それは誰にでもない自分自身のために言い聞かせるために口に出しながら、持っている煙草の空き箱をクシャと握り潰す。が、そこで俺はその空き箱を潰した瞬間、手にある違和感を感じてしまう。


「あっちゃー、やらかしたなー…」


 手に付いた汚れに気が付き、俺は慌ててテイッシュの箱の場所を探すためにのそのそと立ち上がる。

 立ち上がった瞬間にテイッシュの箱を発見出来たが、それもまた見事なほどに汚れており、使える状況ではないことに気付き、肩をがっくりと落とす。


「しくった。こういうこともあることをちゃんと理解しておけばよかった」


 後悔しつつも手身近なもので手を拭けるものがない探してみるものの、それもまた全部真っ赤に染め上がっており、一切使えるものはない状況を再認識させられてしまう。

 そんな状況でも俺の視点は最終的にある一点へ注がれる。

 その視点の先にあるものは、座椅子に体を完全に脱力させ、たまにピクピクと体を痙攣させている人物。


「さすがに首を掻っ切って、血の噴水を撒き散らしたんだから生きてるはずないよな。そのせいで周囲汚れてるんだしさ…」


 あり得るはずもない復活に俺は自分の確認深さに嫌気を感じながら、俺はその人間だったものへ近付き、髪を掴む。そして、改めてそいつの顔を見る。

 その死体の目は瞳孔は開いており、死んでいることが間違いなく確認できた。が、そのいきなり殺されたことに対する驚きと死への恐怖が張り付いた表情を見るのは胸糞悪くなって仕方なかった。

 いや、それだけじゃない理由もある。

 それは俺が殺した人物がーー。


「お前が悪いんだぞ。なぁ、『俺』」


 反応があるはずもない俺自身に言い聞かせる。

 しかし、反応があるはずもない。

 あるのは沈黙のみ。

 けれど、俺はそれが分かりつつも問いかけないわけにはいかなかった。


「なんで好きな女性を殺そうとしちゃうんだよ。自分に振り向いてくれなかっただけで、なんでそうなっちまうんだよ。訳分かんないんだよ。何かの本かドラマ、映画の影響を受けすぎだろ……」


 俺自身、死んだ俺がなんの影響を受けて歪んでしまったのかは分からない。もっとはっきり言えば分かろうとも思っていないのだが、それでも聞かずにはいられない。


「ったく、本当に何回同じことを繰り返せばいいんだか……」


 髪の毛を掴んでいた手を離し、ガクンと再び首を崩れ落とす様を視界の端で確認しながら、全てが面倒臭くなった俺は血で汚れた手をズボンで拭いた。


「やっぱりこういうのってドッペルゲンガー的な存在になるのかな、俺という存在は」


 ふと思いついた言葉を口に出しながら、さっきまで座っていた場所へと俺は再び座り込む。

 この世界は俺からすればパラレルワールド。

 いきなり天の声……神の声を聞いた俺はこうやって自分自身を殺す仕事をしている。給料なんてものはもらっていないが。

 俺が自分自身を殺すのは、パラレルワールドの俺自身が壊れているからだ。

 何かに影響されやすく、自分の思った通りにならないと我慢出来ない性格をしている。その性格のせいで今回みたいに手に入れたい人物を歪んだ愛情で殺そうとしたり、自分に反発してくる人間を殺そうとしてしまう。それは人間だけではなく、物すらも同じ気持ちを抱き、手に入れるための努力を歪んだ方向でしてしまう。

 悪く言えば壊れている。良く言えば純粋無垢。

 そんなことが許されるわけではないことは十分に分かっているからこそ、その循環から外れている俺が壊れた俺自身を殺すために動いているのだ。

 自分自身の欲望のために誰かを傷付けるのは良くないことだから。


「自分自身をストーカーはしてないですから、それは違うんじゃないんですか?」


 いきなり真横から聞こえてくる高い声。

 普通だったら驚くべきことだろうが、俺はそれに対して免疫がついているため驚くことは一切しなかった。

 彼女は天使。天使という名の俺を次なる殺人をさせるためのナビゲーターだ。


「あっそ。それならどうでもいい。ちなみにこれで何人殺したんだ?」

「300人くらいですかね?」

「そんなに殺してるのかよ、そりゃ殺す手際もよくなるはずだ」


 初期の頃は抵抗されたりしたものの、自分自身が自分を殺すという不意をついて成功させる展開が多かった。しかし、今では抵抗させる暇もなくサクッとやれるようになったことに対しての疑問をも瞬時に解決した。


「いやー、今回の首への手刀も見事でしたね。まさに熟練の技ってやつですね」

「うるせーよ。嫌でもマスターしちまうわ、そんだけ殺したら。んなことより死体とこの包丁を隠せよな」


 ため息を吐きながら、俺は近くに放置していた首を掻っ切った血の付いた包丁を彼女に見せつける。


「はいはい、分かってます。今日は一日この人の真似をしてすごしてくださいよ。自分自身なんでバレないと思いますけど」


 背中に天使の羽を付けた金髪幼女は俺の前に出ると包丁の上に手を置き、瞬時に存在そのものを消してしまう。それは瞬間的なことで俺の理解を超えていた。

 それは座椅子に座っている死んでいる自分自身も。そして周りに飛び散った血、血で汚れた物すらも何事もなかったかのように元通りにしてしまう。


「相変わらずすごいよな、それ」

「それが私の仕事ですもん」

「そうかい」


 その綺麗にする方法を確認したい気持ちはあったが、それはあえて尋ねないことにしている。

 いや、その疑問は前に一回尋ねたのだがどうやっても教えてくれそうにない雰囲気と断り方だったからだ。


「あ、気付いてなかったかもしれませんけど、あなたも血まみれなっていたので綺麗にしておきました。

「え……? あ、サンキューな」

「いえいえ。それじゃあとはお願いしますね。終わったら、また迎えにきますから」


 天使はそれだけ言い残し、ポンッと音ともに姿を消す。


「『また』か……」


 それだけで俺は次の仕事がもう用意されていることに絶望しかける。

 いつになったらこの仕事が終わるのか。

 いつになったら俺は元の世界に戻れるのか。

 いつになったら俺はまともな生活を送れるようになるのか。

 自らではどうやっても出せない解答に俺は心を潰されそうになりながら、玄関へと向かう。

 当初の予定通り、煙草を買うために。

 殺してしまった自分には悪いが、それが唯一の俺の平穏とも呼べる生活を一日がこれから始まるのだから。

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