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鹿島さんに今付き合っている人がいないことは、社内での噂で知っている。
どう告げようか、何時告げようかと頭を悩ませていると、隣から不思議そうに言われた。
「相田、どうした。食欲ないのか?」
告白という重大事件に悩んでいたから、手は袋も破らず持ったまま止まっていた。
「あります、あります」
私は慌てて袋の端をびりっと破るつもりが勢いが良すぎて、危うく中身を地面に落としそうになった。
危ない、危ない。
私は両手でしっかりと掴み、ライ麦パンに卵、ハム、レタスが挟まった総菜パンに齧り付いた。正直、緊張していたから味は余り感じなかった。
その後は特に会話も無いまま、買ってきたパンを全部平らげた。鹿島さんもいつの間にか食べ終わっていた。
どうやって気持ちを伝えればいいのか皆目見当がつかなかったからというのと、もし今彼に好きって言ったとして、振られたらその後は?ということにようやく気付いたからだ。
同じ職場で、仕事を教えて貰っている立場で振られたら、明日以降どう振る舞えばいいのか分からないということに気が付いて、さっきまでの勢いは完全になくなった。
彼女になれない可能性の方が高いのなら、このまま後輩としていた方がずっとまし。そんな風に思ったから。
まだ休憩時間が少し余裕があるとはいえ昼ごはんは食べ終えたのだから、このまま直ぐに帰るのかなと思ったら、鹿島さんから話題を振ってくれた。
「相田は、今度また西島に行くのか?」
「はい、行くつもりです。あそこに飾られていた中皿で欲しいなぁと思ったものがあるので」
鹿島さんは西島のディスプレイの仕方が気に入っていたみたいだが、私は商品そのものを気に入ったものを見つけたから真剣に眺めていたのだ。
「ふーん」
「鹿島さんも一緒に行きませんか?」
なんて、私から誘ってみた。軽く聞こえるよう言ってみたけれど、告白するのは止めたというのに、自分から誘うなんて積極的じゃないと内心自分で突っ込みが入っている。
「行かない。無駄な時間費やしたくないし」
断られるかもとは思ったが、無駄な時間?
「あそこのディスプレイは月ごとに変わるから、今月はまだ変わる予定は無し。という事で同じものを見ても意味ないし」
どんなサイクルで変更しているのかまで把握しているとは思わなかった。けど、今のは空耳だったんだろうか。でも、確かに無駄な時間って聞こえたんだけど、どういう意味が?
私と一緒に行くのが無駄な時間っていう意味?
だとすれば、随分と私は嫌われているみたいだけど、そこまで嫌っている相手とこうやってお昼を一緒に食べたりするもんなんだろうか。それとも、私が好きな気持ちを抱えていることに気づいた鹿島さんが今のうちに迷惑だと言う為にここへと来たのだろうか。
「相田が欲しいと思ったのは自分が欲しいと思ったから?それとも誰かのプレゼント?」
マイナス思考なことばかりぐるぐる考えていると、予想していたのとは違う質問が来た。
「自分が欲しいと思ったからですけど」
「そう、ならいいんじゃない?一人で行ってくれば。一人が嫌なら友達か、彼氏でも誘ってさ」
「・・・彼氏なんていませんけど」
「ふーん」
私の返事を聞いても、特に変化はない。何か含みがあって聞いたわけじゃなく、どうでもいいけど聞いてみただけという感じだ。
仕事を通じての鹿島さんの姿しか知らなかったとはいえ、あまりにも普段とは違うギャップに私は戸惑った。
「昔付き合ってた彼女がさぁ、やれ誕生日だから一緒に祝えだの、今日はクリスマスだから一緒に過ごしたいだの、今人気のあの店に連れて行ってだの、もう本当にめんどくさくてさぁ。なんで女ってああも自由で、勝手で、イベントが好きなんだろうね。人の時間を奪うなって―の」
公園へ来て一緒にご飯を食べている今のこの現状も、遠回しに当てこすられているんだろうか。
「済みません」
取り敢えず謝った。
「ああ、悪い。相田が悪いとかじゃなくてさ。恋人が出来たとしても俺としては自由な時間が奪われるのは我慢したくない訳。仕事が終わって家に帰ったら、後は自分の好きな事をしたいから。寝る前にもメールや電話をしないと機嫌悪くなるってどう思う?」
「恋人なら普通の事だと思いますけど」
少なくても、私ももし恋人が出来たならそうしたいと考える筈だ。
「誕生日にも言葉だけじゃなくプレゼントを要求してくるし。自分の物でもないのに馬鹿高いバッグやアクセサリーなんて買えるか」
その時の事を思い出しているのか、鹿島さんはだんだんと苛ついた声で話し始めた。
「余り高級なものではなくても、花とかでもいいのでは?」
「めんどくせー。そんな無駄遣いしたくねー。なんで彼氏だからってそんなことしなくちゃならないって要求されるんだ?納得出来ないね」
無駄遣い。
ここでも無駄という単語が出てきた。
いや、彼氏ならそれぐらい普通ではと思うけど。
好きな人が出来たら一緒に居たいと思うし、お互いの誕生日は高級なものでなくてもプレゼントはあげたいと思うし、もらえたら嬉しいなと思う。けど、鹿島さんは面倒くさいと言う。
衝撃的な事実を知って、ショックだった。
私は言葉には出さずに、それ以降は無言を選んだ。
鹿島さんってこんな人だったんだ・・・。
考え方の違い方に私の恋心は一気に消えた。