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「展示コーナーはご自由にご覧になることが出来るようになっておりますから」
男の人からは丁寧な説明を続けられたが、どこか近寄りがたい雰囲気を持った印象を受けた。短くすっきりとした黒い髪と、真っすぐ見つめられている視線の強さのせいかもしれない。
「あ、あの?」
ええーっと。多分ここの会社の人だろうとは思うんだけど。
急に知らない人から声を掛けられてしまったものだから、相手の人は背も高いし、イケメンだとは思うけど、人見知り気味なところがあるのでちょっと引き気味。
「私、金井と申します。ここの展示の企画・担当をしております」
首に掛かっている社員証を私と鹿島さんに見えるよう持ち上げて見せてくれた。やっぱりここの西島の社員の人だった。
「自分が担当した展示コーナーを気に入って頂けたのを見てしまったものですから、つい声を掛けてしまいました。驚かせてしまったみたいで、済みません」
そう言って名前を名乗ってくれた金井さんがちらりと私を見て、申し訳なさそうに謝ってくれた。
もしかして私が人見知りで顔が多少引きつったの、ばれた感じですか?
それは目の前人に申し訳ないなぁなんて考えたところで、どこから見られていたのかということに思い至った。
あっ、私がガラスをゴシゴシ磨いていたのを見たから、声を掛けられた!?
じゃないと気に入るほど食い入るように見ていた事なんて分からないことに気が付くと、この場所に留まっていることに居心地悪く感じ始めてしまった。
ど、どうしよう。折角声を掛けて貰ったけど・・・。
中へ入って、実際に手に取ってみたい気持ちはあるけれど、あんな恥ずかしい場面を見られていたなんて、とてもじゃないがこの人に案内されて堂々と入って行く勇気が持てない。
ちらっと横目でじっくりと見てみたかったお皿に目をやったけど。
うん、むーりー。
早々に降参した。
「相田。昼飯買いに行くところだったんだろう?」
「あ、はい。コンビニに行こうかなって思ってまして」
パンかおにぎりどちらを食べようか迷いながら会社を出て来たんだよね。
私が困っているのを感じ取ってくれたのかどうか分からないけど、鹿島さんからナイスフォローを受けた。
「俺もこれから昼飯買いにコンビニに行く途中だったんだ。一緒に行くか?」
「はいっ」
なんと、一緒にコンビニに行けちゃうんですか!?
行く先が例えここから数m先に見えるコンビニだろうと、時間にして数分だろうと一緒に歩けるなんて!
気分は最高潮に盛り上がった。今日はなんて、いい日と空に向かって拝みたくなる程だ。
「今度、時間のある時に来ますね」
出来れば金井さんが居ない時を狙って。やっぱりガラスをゴシゴシ磨いていたのを見ていた相手に居られると、落ち着かない。一目惚れをしたお皿には心残りがあるから、早めに仕事が終わった日にでも一人で来ようと思った。
「そうですか。またのお越しをお待ちしております」
金井さんの声色は残念だと言う風に聞こえて、多少後ろ髪が引かれそうになったが、鹿島さんと一緒にコンビニに行くという重大イベントを逃したくない。今を逃すと、次があるのか分からないのだから。
深々とお辞儀をしてくれた金井さんに軽くぺこりと頭を下げて、私たちはその場を去った。
***
私はコンビニで新しく販売されていた総菜パンと後で食べるつもりでチョコとお茶も買った。帰りも来る時同様、鹿島さんと並んで(重要)歩いている。
「いい天気~」
嬉しくて澄み渡った空を見上げ思わず無意識にそう呟いていた。
「そうだな、こんないい天気だと外で食べるのもいいかもな」
マジですか!?本気にしちゃいますからね!絶対にこのチャンスは逃すものかっ。
「いいですね、そこの公園で食べましょうっ」
笑顔全開にし、即行動に移した。
相手の返事を待たずに私は会社近くにあるすぐ近くにある公園へと足を向けた。返事は無かったけれども後ろからは鹿島さんの足音も聞こえてきたから安堵した。
勝手に行動し、もし一人だけ公園へと来ていたら本気で泣けてくる。
天気がいいから同じように公園でお弁当を食べている人の姿も割といる中、木の陰がベンチに落ちているいいスポットがあった。
まるで私の為に空けてくれていたのかと神様に有難うのお礼を心で告げながら、ドキドキする心と共にベンチの左端に座った。
続いて適度な距離を置いて憧れている鹿島さんも座ってくれた。
ど、どうしよう。こんなチャンス滅多にないよね!?滅多にどころか今後は無い可能性の方が絶対に高いよね!?
ここなら会社の人もいないし、気持ちを伝える絶好のチャンスなんじゃない!?
袋の中からガサゴソ音を立てながらパンを取り出し、頭の中ではそんな計画を練っていた。
隣ではなんの気負いも感じられない鹿島さんが、早くものんびり焼き肉牛カルビ弁当を食べていた。