2話目 三億円
同居人のトーカが性的少数者と前に説明したとおり、彼女は世間で言うバイセクシャルにあたります。
男も女もいけるのでレズビアンでは無いとずいぶん前に本人から聞かされました。そして、私を性的な目で見たこと無いしこれから先もあり得ないから安心してくれとも言われました。
「あーちゃんはもし目の前に三億円が落ちてたらどうする?」
「その手の話が好きだね、あんたは」
トーカは架空の話をするのが好きだ。あり得ないけれど選択肢を要する話題を提供して、よく周りの友達と盛り上がる。盛り上げ上手だ。
共同スペースにある二人掛けのソファで寛ぎながら、私はスマホから目を離して明後日の方を見る。
トーカはソファの横で人をダメにするクッションにおしりを沈めて足をバタつかせていた。
「私はー。えー、どうしよう。三億じゃなきゃダメ?」
「いくらでもいいよ。十億でも」
「なんだかリアリティがないなあ」
話を切り出した本人のやる気が見えないのはさておき、もしもそんな大金が手に入るならどうしようか。
家や車を買う?旅行に行ったり、毎週サロンに行けちゃったり。大学の奨学金を一括で払ってしまうのも手だな。
「一生働かないで良い額なら、まず仕事辞めてマイホーム買うかな。三億かー。夢が広がっちゃうけど死ぬまできっちり計算して使いきりたいわね」
頭の中であれやこれやと考えながら彼女の方を見る。丁度トーカの顔が見えない位置にあったため表情を伺えなかったが何かを考えているようだ。
「あーちゃんは先に金額とか使い道を気にするんだね」
「そりゃ三億だもの」
「短時間で使い道の計算したでしょ。あーちゃん頭良いもんね」
ニイッと笑うトーカの顔だけがこちらを見た。
「あーちゃんは映画を観る時に監督や脚本家を気にするタイプ?」
「え?まあ、監督によってキャスト変わるし」
「登場人物の気持ちを考えるより映画に掛かった費用とか気にするタイプだね」
「どういうこと?」
会話が成立していない気がする。たまにいるのだ、一から五を順に説明しないと伝わらない話を三と四を抜かして話す癖のある人が。
話す本人の頭の中では繋がっていても聞き手のこちらとしてはどうやってそんな結論に達したのか訳がわからない。
「三億円を落とした人はどんな気持ちなんだろうね」
話が行ったり来たりだな、と思いながら先ほどの三億円の話に戻る。そりゃ、確かに三億円を貰ったとか宝くじで当てたとは言っていなかった。
落ちていた物だから持ち主が居て当然だ。なんだそれ、軽い引っ掻け問題みたいなものじゃないか。
私だって現実で大金が紙袋に入って道端に置かれていたら交番に届けるさ。…いや、でも本当に一生暮らせる額が目の前にあったらどうする?もしネコババがバレたらどうなるか以前に大金だ。多少リスキーでも自分の元に置いときたいと思うのは自然な事じゃないのか。
誰にだって欲はあるはずだろう。
自分の思考を正当化している間にトーカがひとつ欠伸を漏らして寝る体制に入ってしまった。
「あーちゃんは長生き出来るよ」
眠たそうな声でぼそっと聞こえた言葉に、どういう意味?と聞く間も無く彼女の寝息が聞こえてきた。