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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天国

今俺は一人、家にいる。電気や水道はとうの昔に止まっており、まともな食事なんて、いつから食ってないのか忘れてしまった。敷かれた布団から天井を見つめながら、ただ時間が経つのを待つ。

俺はこのまま死ぬのだろう。苦しいとか悲しいとかそんな感情はいつの間にか消えていて、今俺が少ない感情で考えているのは死後のことだ。


俺が死んだらどうなるのだろうか。霊というものになるのか。すぐに違う生物とかに生まれ変わるのだろうか。天国に行くのか。地獄に行くのか。

天国というものがあるのだったら、俺は天国に行けるだろう。なぜなら俺はずっと良いことをして生きてきた。他人がやりたくないような事は率先して自分からやってきたし、困っている人がいたら出来るだけ助けてきた。他人の不幸をもらって、自分の幸福を与えるような生き方を俺はしてきた。

もし天国に行けたらそこでは、今までのように自分を騙して偽善をしないで、素直に生きてみよう。


そんな事を考えて1日が過ぎていく。もうどこからどこまでが1日なのかは分からなくなってきた。自分が寝ているのか、起きているのかも分からない。何もかもが曖昧になってきてようやく自分の死が、そこに来ていることを確信しはじめた。そんな時だった。


「そんなんじゃ天国に行けないよ?」


突然俺の耳に言葉が入り込んできた。幻聴かと思ったが、それを否定するようにもう一度言葉が聞こえてきた。


「天国に行く方法教えてあげようか?」


いる。すぐ側にこの声の主がいる。そう思い始めると、俺の枕元に何者かの存在感を感じ始めた。俺は残っている一滴だけの力を振り絞って、上体を起こす。そして声が聞こえた方へ振り返ってみる。

最初に抱いた印象は、霧。靄。そんなもの。よく見ると人の形をしている気がするが、明らかに人間ではない。なんなんだ、これは。俺はそれに問いかけてみようとしたが、声を出すのが久しぶりすぎて、うまく喋れない。


「お、まえは、だ、れなん、だ」



「私はそうだねぇ。君たちの感覚でいう神とか、天使とかそんなものだね」



理解が追いつかない。神?天使?理解できない。こいつはなんなんだ。本当に神なのか。なぜ俺の前に現れたのか。

たくさんの疑問が昇ってきては、降りて、昇っては降りてを繰り返している。それに聞いてみれば分かるのだろうが、口が思うように動かない。



「いやいやいや。ごめんね急に。たまたまこっちに来ている時に天国に行きたいだの、行けたらどうするだの聞こえてきたからさ。本当のことを教えてやろうと思って」


神と自称するそれは、声を発するたびに形を変えたりしていて、その声も男にも女にも子供にも大人にも聞こえてくる。


「なにを、言って、る」


「君、今まで良いことたくさんしてきたんでしょ?でも残念だけどそれじゃ天国には行けないよ。天国に行くにはね、逆。悪いとこをしないといけないんだよ」


「、、、、は?、、」


「この世にいる人間たちは良いことをすれば天国に行けるとか言ってるけど、あれは間違いさ。人間たちが都合よく決めたものに過ぎないんだよ」


声を聞くので精一杯なのだが、それはこちらの都合を考えずに喋り続ける。


「この世。今君たちがいる場所だね。そこで善とされている事は、私たちがいるところでは悪とされているんだ。それと同じでこの世での悪は私たちにとっては善なんだ」


「ぎゃ、く?」


「そう。善悪の概念が逆なんだよ。だからこの世で良い事ばかりする人間は悪人として地獄に落とされる。君はそれは嫌だろう?天国に行きたいだろ?だったら悪行をしないと」


「証拠は、あるのか。あんたが神だと言える証拠が」


「いや、証拠はないなぁ。君が作り出した幻覚なのかもしれない。信じる必要もない。だが君が天国に行けると思っているのが哀れに思ってね。良心で教えてあげたんだよ」


それの表情は分からなかったが、少し笑ってる気がした。そしてこう言った。


「これが君たちにとっては、善なんだろ?」








あれから何分いや、何時間たったのだろうか。神だというそれは気付いたら消えていて、そこに存在していたという証拠は一つもない。足跡とか匂いとかそんなものはない。それがいたであろう場所には埃がたまっていて、足跡なんてものも無かった。

俺は久しぶりに立ち上がり、閉まっているカーテンを開けようとした。しかし立ち上がった瞬間に目の前が一気に真っ白になり、転んでしまった。ひどい立ちくらみらしい。なんとか立ち上がりカーテンを開ける。ちょうど昼間だったらしく、鋭い日差しが一気に目の中に入ってきた。眩しいというよりは痛い。


一気に明るくなった部屋で俺は、奴が言っていたことを思い出していた。この世で悪とされている事があの世では善。天国に行きたいのだったら悪行をしろ。奴はそう言っていた。信じるのはバカらしいが、何故か奴の言葉には自信を感じた。まるで大人が社会の常識を子供に教えるような、自分が当たり前のことを言っているような、そんな感じだった。


だったら天国に行くために悪行をするか?

いや、出来ない。俺が社会で生きていた頃は良い事ばかりしてきた。もちろんそれは他人に嫌われたくないとか、見返りを求めたりとか、心の底から出た良いことではない。言うなら偽善だった。しかしそんな生き方をし続けてしまったせいで、悪というとのを避けて生きるのが癖になってしまった。そんな俺に悪行なんて出来るわけがない。

俺は諦め、また布団に横になろうとした瞬間に自分が考えていたことをふと思い出した。俺は天国にもし行ったら、偽善はやめて素直に生きようと思ったのだった。

俺はこのままでいいのか。また自分を殺し、悪を避けて痛い目を見るのか。天国に行けなくてもいいのか。






太陽は落ち始め、青かった空がオレンジに変わっていきはじめる。俺の頬を汗が伝っていき、パーカーのポケットの中で握る自分の手も汗で湿っている。


大きな通りで立ち止まってみると、たくさんのスーツ姿の人たちが止まっている俺の横を通り過ぎていく。俺も数年前まではここで生きていたのかと思うと、少し信じられない。

皆、自分の生き方が善だと思って生きているのか。



不意に前から歩いてきた人が立ち止まっている俺にぶつかってしまい、持っていたカバンを落として中身が飛び出てしまった。その人はこちらを一瞬睨みつけた後にすぐに、しゃがみ込みカバンと中身を拾い出す。周りにいた何人かの人もそれを手伝っていた。俺はその姿を立ち止まったまま見ていた。

すべて拾い終わったらしく、カバンの持ち主は立ち上がり、また俺の方を睨みつけた。


「一言ないんですか?確かにぶつかった僕も悪いけど、そっちにも落ち度はあるでしょ」


彼はそう言って俺に謝罪を求めた。拾うのを手伝っていた人々も同じように、こちらを見る。

俺はその目を見ながら、今は俺が悪。彼らが善なのか。そう思った。だがこんなものじゃ足りない。俺が天国に行くにはこんな悪じゃ足りない。


彼らはまだ俺の方を見ていたが、すぐに諦め俺の横を通り過ぎていった。俺はそれを後ろから追いかけた。


「おい、なんだよ、なにぶつかって、んだ」


彼はぎこちなくそう言った後、その場に倒れた。俺は倒れたしまった彼を何度も持っていたナイフで刺し続けた。血が周りに飛び散り、俺の顔にかかる。


「キャーー!!!!」


甲高い悲鳴が響きわたり、悲鳴の方を見た人々は我先にと逃げ出したり、悲鳴をあげたりしていた。悲鳴が連鎖していくのを聞いていると少し面白いな、と思った。

パーカーの袖で顔についてしまった血を拭き取り、次の標的を探す。最初の彼を何度も刺し続けてしまったせいで周りにいた人は逃げてしまっていた。しかしまだ遠くにはいない。全然追いつける距離だ。俺はナイフをまた強く握りしめ、走り出す。


歩くのすら久しぶりだったので、走るのはもっと久しぶりだった。何度も転びそうになったがなんとか走り続け、一人の女性に追いついた。彼女は恐怖で動けなくなっているのか、その場に座り込んでしまっている。俺は彼女の喉にナイフを突き刺した。大量の血が噴き出した。同じように座り込んでしまっている人が何人かいたので、俺はそれらに近づき持っていたナイフを突き刺した。ある人は足を、ある人は腹を、ある人は顔を、ある人は胸を。様々な刺し方をした。


一人の男の足を突き刺し転ばし、その男の体に乗り心臓がありそうなところを突き刺していると、背後から声が聞こえた。


「動くな!警察だ!」


振り向いてみると、何人もの警察が俺の方に拳銃を向けていた。意外と早かったな。もっと警察というのは来るのが遅いのかと俺は思っていた。俺は警察がジリジリとこちらに近づいて来るのを見ながら、自分の悪行を振り返っていた。8人…いや10人はいけたな。出来ればもっとやりたかったけど、多分これで十分だろう。


「持っているものを捨てなさい!」


俺はそう言ってきた警察の方を見た。そしてナイフを自分の心臓があるところに突き立てる。


「これで俺も天国に行ける」


口に出したのか、心の中で言っただけなのかは分からなかった。ナイフが俺の体の中に入っていき、また死が俺の近くまでやってくる。視界がだんだんぼやけていき、体が動かなくなる。










眩しい光で俺は目を覚ました。立ち上がり、周りを見回してみると、純白の世界が広がっていた。世間が、俺が天国と想像すれば思いつく景色が目の前に広がっていた。

やった!俺は天国に行けた!あの時俺に教えてくれた奴は本物だったんだ!

俺は歩いて先に進んでみた。するとたくさんの人がいるのが見える。恐らくあそこにいる人たちも死んで天国にきた人たちだろう。俺は彼らに歩み寄ることにした。俺はここで素直に偽善なんてしないんだ。生きている間には友達なんて一人もいなかったが、ここでは出来るかもしれない。俺は期待に胸を膨らませながら彼らに話しかけた。



突然の出来事だった。話しかけた途端、視界が反転したのだ。床に転がってしまい、痛みが登ってきた。俺は殴られたのだ。なにが起こったのか分からなかった。なぜ、突然俺は殴られたのか。分からない。

俺が話しかけてみようとした集団は俺を取り囲み、さらに殴り続けた。何度も何度も。

俺は悲鳴をあげて逃げ出そうとしたが、すぐに捕まってしまい、また暴行を受ける。


俺は殴ってくる一人の男になんとか、問いかけた。


「ここは天国だろう?なぜこんなことをする!」


「は?生きてる間に悪いことした奴がここに来るんだ。ここには極悪人しかいないにきまってるだろ。それに…」


「ここではこれが善なんだ」


彼はそう言った。

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