田中省三 70歳 再就職する
俺は何が悪いの
俺は何も悪いことはやっていないと思う。だけど定年後に女房に嫌われているのだよ。
時代が良かったからな、能力のない俺でも定年まで勤め上げた。いい企業だった運が良かったのだろうな。
断っておくが、別に出世したわけではない。ただな、結婚記念日に指輪を送るくらいの余裕はあったのだよ。
子供は成人させたし。生活に困らせたこともないのだが。
朝は五時に起きる。新聞は三誌取っている。取りあえず頭がクリアーなうちに日経を読む。
その間に女房の美佐子が朝食の支度をしている。
贅沢は言わない。和食であれば。焼き魚と冷奴と漬物があればいい。ただ、みそ汁の具は三品は欲しい。
卵焼きは一日おきくらいに付けて欲しい。
ゆっくりと新聞を読み終わると、十時になってしまった。おやつの時間だ。
「美佐子お茶にしよう。昨日は煎餅だったから、今日は甘いものがいいな。」
「芋羊羹を買ってあります」
「それはいい、さっそく食べよう。お茶も高い方にしてくれ。あれっ、美佐子どこに行くんだ」
「ゴミを出しに行くんです」
「そんなもの後でもいいではないか」
「曜日も時間も指定されているんです」
「それなら俺のいないときに行けばいいではないか」
「あなたが出かけることなんてあるんですか」
いくらなんでもそんなに鈍くくないから、嫌われているのはわかるのだが。どうしてこうなるの。
11時半になった。小腹がすいた。今日は早めの昼にしよう。
「美佐子、今日はおかめうどんがいいな。蒲鉾とほうれん草は入れてくれ、それと卵も。美佐子どこに行くんだ」
「蒲鉾とほうれん草を買いに行くんですよ」
「家にないのか、そういうものは常備しておかないと」
「生ものですよ常備できるわけないではないですか。ここは居酒屋ではないんです」
なにも出前で取れと言っているのではない。冷凍してあるうどんでさっとやってくれればいいだけなのにあの言い方は何だ。
三時になった。おやつの時間だ。午前中は和菓子だったのでケーキがいいな。
「美佐子、おやつはモンブランで紅茶はアールグレーにしてくれ。美佐子、俺を置いてどこに行くんだ」
「ケーキを買いに行くんですよ」
「常備してないのか」
「ありえないでしょう、ここはファミレスではないのです」
物凄く態度が悪いのだけれど。俺はそんなにひどいことをしているとは思えない。
年金は充分だし、預金もある。
気を使って夜は外食にしたのだが、美佐子の機嫌は直らない。
ステーキハウスに行ったのだが、やはり肉は旨いな。
「少しでも仕事をした方がいいのではないですか。」
「俺は高齢者だぞ。ハローワークに行っても仕事はないだろう」
「ハローワークに行けと言ってはいません。シルバー人材センターに行けばいいのです」
「そのシルバーと言う言い方は抵抗があるな」
「今自分で高齢者と言ったではありませんか」
「しかしな、後五年もたてば後期高齢者になるし」
「あなたはいったい何のために新聞を三紙も読んでいるんですか。そういう言い方もやめようというのが今の風潮ではないですか。あなたは新聞なんて読んでいないのですよ、見ているだけです」
そんな記事あったかの。