四年後の彼
俺たちは、古傷を舐め合う、クソみたいな関係だ。
視点 浅峰裕太
今、目の前にいる男は、俺とは別世界の人間だ。
超有名菓子店の若き後継者、つまりは金持ち。本人はパティシエでもなんでもなく、その恵まれすぎた体と頭脳を活かして、モデル業の傍ら、小説家なんてやっている。柔和な物腰、滅多なことでは怒らない気性。常に柔らかな笑顔を浮かべ、そして不意に物憂げな表情、それが神谷優路という男だ。
そんな姿を女はどう誤解したのか「王子様」なんて呼ばれている。
ついさっきだって俺がいるにもかかわらず「おひとりですか?」なんて逆ナンされていた。
(あーあ。)
はっきり言って、劣等感刺激されまくりだ。
凡人の俺は、非凡なこいつの側にいたくない。
こいつの側にいれば、同じ人間どころか。そこら辺の石ころ、もっと言えば背景扱い。
そんな男は、例にもよって酔いつぶれ。
俺は、そいつを背負い直す。
(あー、また重くなりやがって、こいつ)
こうなる事が分かっていながら、こいつの酒に付き合ってしまうのは、俺自身の気持ちもあるんだろう。
(あの時に戻りたい、あいつに、会いたいっていう・・)
俺は普通のサラリーマン。
高校を卒業して、どうってことない中小企業に就職。
どこにでもいる、どうってことない平凡顔。
最近、女にも見向きもされない。逆に俺の存在を認識している女はいるのだろうか。
(あーあ。)
今夜はいやがおうにも、考え方が卑屈になっていく。
ああ、寂しくなってきた。
平凡を絵に描いたような俺と、非凡なこいつ。
どう考えたって、共通点のない俺ら。
こんな風に一緒にいるのは、むかし。
とある、バンドを組んでいたからだ。
同じ高校の同級生同士で組んでいた。
あのバンド。
あの音と、あの景色を思い出すだけで。
そこには、一人の少女の笑顔があって。
ーーーーーーーーーやめよう、忘れよう。
あれは、もう、過去のことなんだ。
いや、違うだろう?
もう一人の俺がささやく。
俺は、バンドに命をかけていた。今思うとそうだった。
バンドで生きていく、そう思っていたし、その現実が続いていくと思っていた。
それなのに、今、俺はしがないサラリーマン。どこに行くにも平凡で、普通で。
どこにだって代わりがいるような、そんな存在。
あの時は想像もしていなかった、今。
それが、俺だ。
それもこれも、あいつが、いなくなったせいだ。
過去にずぶずぶと沈んでいく。
傷の舐め合う関係、それが俺たちだ。