「Let's Song」
歌っていた。
すべてが麻痺して、自分の声が空間に混じりあう。
自分の声が、空に溶けていく、光が溢れる。
ーーーーそれが気持ちよくて、もっと、もっと。
私は求める。
うたう、うたう、うたう。
メロディーが。
止まらない。リズムを、刻んで。
イントロが流れ出す。
何百回、何千回と聞いているはずなのに、頭ん中がクラクラする。
歓声と拍手、その熱。
今この場に立っているのは、このためだと、
今ここにいるのは、
生まれた訳は、
このためだけに。
歌うために。歌うためだけに。
身体中を駆け巡る、未知の感情。
後ろにいるメンバー達が、サウンドで私の背中を支える。
---------さぁ、
息を吸い込んだ。
「!」
また、ゆめ。
嫌な汗をかいてる。じっとりと汗で張り付く高校の夏服。
青空に、背中はコンクリート。
場所はどこにでもある高校の非常口階段だった。
「ははは、」
乾いた笑いが出る。
夏の太陽が輝いていた。
------叶わなかった、夢。
見ることも出来なかった夢。
確か。
選択美術の課題中………………。
今の、自分の状況が掴めてきた。
右手に筆持ってるし、膝の上には、キャンパス。
一瞬、意識が飛んでたみたいだ。
寝てない、私は寝てない。
「・・・・」
そう、寝てない。例え、口に端に濡れた感覚があっても。
よだれを垂らしてなんて、寝てないんだから。
ーーーーぎゅいん、どかどかどどか!!
体の中をつん裂く爆音。それは壁を伝って隣の音楽室から。
ヘタクソ!!
心の中で、絶叫する。
ばきっと、手に持った筆が音を立てて割れた。
さいあく。最悪だ。最低だ。
「……………………、」
選択授業の時間。
生徒は美術か、音楽か、書道かを選べる。私は美術をとった。けど。
絵筆をバケツに投げ入れる。
なに、今の音。
しかも、その音に対しての拍手と歓声と野次。
何考えてんの?今の音で?
なんか、むかついてきた。
ーーーーー私の方が、もっとうまく歌えるのに。
そんな風に考える。
私の方が。
私の方が、絶対に、上手いんだから。
ーーーー歌いたい。
そんな欲求が湧き上がる。
これは、ボーカリストとしての本能。
まわりに、人の気配はない。
忘れていたはずの、本能が湧き上がる。
声を出す。
誰も来ない。
腹ん中から、向こう側に向かって。誰かを呼ぶように。
声が響いて、空気に溶けて。どこかに届いていく。
ふふっ、ふふ。
何だろう、楽しくなってきた。
「ーーーーー♩」
だんだん。
地声から、歌う声になっていく。
さぁ、歌おう。