彼女とカレンダーとお医者さん
え?
「ちょっと、やめてよ、兄さん。何言ってるの」
四年?
「ちょっと、待って、本当、悪い冗談。やめてよ」
何、それ。
ぐるぐると回る。
本当、今日の朝から訳の分からないことばかり。
でもそれが、どこか本当だと信じはじめている自分がいた。
「千都・・・」
そんな顔、しないで。兄さん。
そんな、今にも泣き出しそうな、憐れみの表情。
「私、帰ってきたのにーーー」
えっ。今、なんて言った?
自分で。
はっ、と口を抑える。何て?自分、今、何て?
それは、まるで、まるで。
ーーーーーーだって今日は。昨日の続きのはずなのに。
昨日は友達と、バンドメンバーと一緒にライブに向けての練習をしていて。
それから。それから。
いつも通りベッドで横になって。それで、目が覚めて、そして、学校にーーー
あ、れ?
どうしてだろう、その過去が、まるで遠く離れた出来事みたいに、思い出せない。
ーーーー遠くなる。
なるで、その記憶に大きな「空白」が埋まっているみたい、だ。
「記憶が混濁しているみたいですね」
病室に来た薄い顔の医者は、そう断言した。
「・・・・記憶が?」
「はい。今日は何年の、何月何日か分かりますか?」
医者はまるでこの質問は間違える、確信している口ぶりで。
馬鹿に、するな。
「・・・・ 2008年の、11月、8日。」
あ・・・と兄と医者のふたりは顔を見合わせた。
兄は無言で病室にかかっているカレンダーを指差した。
ーーーー2012年。
・・・やめて、やめて、やめて。
そんな顔。笑うよりも先に。その顔、やめて。
憐れみの表情。どこか泣き出しそうな、その顔。
医者は、何かを振り払うように顔を上げ。
「違いますよ」
「千都、お前・・・・」
「ちょっと、タイム!タンマっ!」
ーーーーダメ。
強く思った。
明るく。そんな暗い顔は、ダメ。
「兄さんも、お医者さんも、そんな・・・顔しないで、嘘つくの、本当、やめて下さいよ!」
冗談、キツイよ。からかうのも、いい加減にしてよ。
本当に、これ以上からかうと、私、怒るよ?
ぷくーと顔を膨らませた滅多にやらない表情をする。
はい、変顔!
ぐさっ、と兄さんの指が膨らませた頬に突き刺さる。
痛い!地味に痛い。
「・・・・・・千都、これは嘘じゃない、冗談でもない。俺は、そんなセンスのない冗談はやらない。・・・・・千都。お前は、四年の間、行方不明だったんだ」