第六百六十四話 試合開始
「……試合が始まったね」
みんなの目のまで翔の頬にキスをするという行為をついにやってしまったリルちゃんは、食い入るように俺たちの高校とその対戦校の試合ブースを見つめていた。
ちなみに今まで学校では、軽く抱きつくくらいで済ませてたんだけどね。
翔ったら驚いた表情のまま試合に向かったけど大丈夫なのかな? まあ大丈夫でしょ。
ちなみに部員の一部…いやほとんどが翔を羨ましそうに見てたよ。仕方ないね。
選抜五人が会場の数分化したうちの左のほうに行き、そこで待機。やがて対戦校が来て同じように立ち並び、ひとつ、礼をした。
これから始まるんだと思うと、胸のあたりがザワザワする。翔に勝って欲しいからかな。それとも俺は単純にこれを何かの観戦と同じように楽しんでるのかもしれない。
「県大会と同じでそのまま先鋒は星野君なのね」
「わふ、やっぱり彼はあそこが現段階だったら一番活躍できるってゴリセンもショーも言ってたよ」
「へぇー」
相手は近畿地方の県から来た高校のようだ。
星野君と相手の先鋒…眉毛が太い2年生が土俵に立った。試合形式は勝ち抜きだ。ポイント制の場合もあるけど少なくとも今年は勝ち抜きで統一らしい。
敵一人に全滅だなんて余裕でありえる。
電光掲示板にタイムが表示された。
そして審判までやってくる。両雄は見合い、そして堂々とした面構えと姿勢で立ち尽くす。
……軽いけど何か心にざわめきを覚えさせるブザー音とともに審判の人は試合開始の合図をした。
「おおお! いけええええ!」
うちの柔道部員の1人がそう、迷惑にならない程度に叫んだ。
ここで一勝できたらとても幸先がいいことになる。今後の試合の活気と士気の向上にもなるはずだ。
星野君と眉毛二年生が組み合っている。
威勢のいい声を発しながら、相手をすっ転ばせようと必死だ。1年の差があるはずなのに星野君の方が有利に見える。
俺は柔道の経験がないからなんとも言えないんだけど、少なくともそう見えるんだ。
そして案の定。
「有効!」
「おおっ!」
星野君が有効をとることができた。
えーっと、『有効』は時間経過時に評価されるもので、多い方が勝ち。でも『技あり』を2回とるか『一本』を完全に取っちゃえばそれで試合終了なんだっけ。
なんにせよ先制点を取れたのは大きいと思う。
「わふわふ、この調子…!」
しかしそれ以降はそうならなかった。
「有効!」
「ああっ…!」
その20秒後に有効を一回取られ…。
「有効!」
さらにその数十秒後にまた取られ。
そして。
「技あり!」
ついに技ありをひとつ、敵にとられてしまった。
現状、こちら有効1つに対して相手は有効2つに技あり1つ。
「うーん、やっぱり1年生と2年生の差なのかな?」
「それは関係ないさ。そもそも星野君は小学生からずっと柔道をしてて、大会で優勝とか何回もしてるらしいし」
「そうなんだ。でも今は劣勢なんだよね?」
やはり状況的には劣勢なのか、敵校の仲間達は安堵しとように笑みをこぼしている。
「まあ確かにそうだけど……ゴリセンの指導方なら全く劣勢じゃないよ。むしろこれからが本番だよ」
まあ確かに星野君は団体の次鋒と中堅の二人を抜いて、翔と副部長との三人で個人戦で全国に行ったらしい猛者らしいから、ここで負けるとは思えないけど。
「……よしっ!」
星野君が笑ったようにみえた…いや、笑ったんだ。
気合が入ったような声も聞こえた。
そして、試合再開。
星野君が先ほどより数段素早く動いた。
そして次の瞬間、寝技をかける。
かかった。
寝技は確か…20秒かけられれば一本になるんだっけ。15秒で技あり。
開始早々、相手は逃げ出そうとするが、まるで星野君は岩石のように不動。押さえつけている。
「…15秒…16…17…18…19…20、わふ、一本だね」
審判も手を上に挙げている。あれは一本の合図らしい。
……なんともまあ、本気モードっとぽくなってからいきなり倒しちゃったよ。
「勝っちゃった!」
「わふん、あの子はショーがいなくなった後のエース兼部長予定らしいからね! ここで負けてもらっちゃダメってゴリセンが言ってたよ!」
「そうなんだぁ」
1戦目の1試合目の勝利。
確実な一歩。思わず手に汗握ってる。ここまで熱くなれるなんて思わなかったんだ!
県大会の時は割とあっさりしてたからね。
さすがは全国だよ。
「この調子で次鋒も倒せるんじゃないかな?」
「リルちゃんがそう言うならきっとそうね」
そのリルちゃんの予想は的中。
こんどは技あり2つをとって星野君は相手の次鋒に難なく勝利した。
でもそのあとはなかなか粘る的に有効判定まで持っていかされて、一点差で負けてしまった。
でもかなりの大健闘だよね!
ここから見ただけで敵も結構焦ってるってわかるし。さて、このまま勝ち進んでくれるといいんだけど!