第六百五十三話 今年、この街最後の訪問
「そんなわけで実験した結果、普通に使えるよ、アナズムのスキル」
俺の家の前に集まった皆んなに叶はそう説明した。
桜ちゃんが少しムッとしてる。
「…なんで一人で試したのよ。何かあったらどうするつもりだったの?」
「にいちゃんのアムリタでなんとかしてもらうつもりだった」
「だからってさぁ…」
俺がすでに注意したこと、それと同じことを桜ちゃんも叶に言った。やっぱ叶の悪い癖を一つ挙げるとするならプリーズするとか疲れてる時に寝たら中々起きないとかそういうのじゃなくてこの特攻性にあると思うの。
「あー、ともかくよ、ステータスとスキルは使えたんだろ? 俺たちも開放とかしたほうがいいか? しっかり100回分の転生はあったはずだ」
「そうですね、もう無事なものだとわかったのでしちゃって大丈夫だと思います」
「んじゃ、何があるかわかんねーし行く前にステータスの開放とやらをするか」
便利なことにステータス画面を開き項目を選択するだけですでに開放できるようになっている(初回100払わなきゃいけないのは変わらないけど)。
「翔、大会でステータス使っちゃダメよ?」
「わかってるよ。んなことするか」
実力でオリンピック選手を倒せるくらいには強いし使ったところで特になにも結果は変わらないよね。
だからってスポーツでドーピングなんてしちゃダメだけどさ。
「わふ? てことは皆んな、ショーの全国大会を見にこれるのかい? カナタ君の瞬間移動で…」
「あ、そうじゃない! 確かギリギリクリスマスには被らなかったわよね?」
「わふ、23日の月曜に終業式、その二日前に団体と個人どちらもあったはず……それで柔道部員は終業式には出れないんだよ」
うちの学校は他の学校より休みが長い。
それは自分の生徒の学力と指導方針に自信があるということ。俺たちとしてはそんな他校に自信の表れを示す行為だとしても嬉しいだけなんだけど。ふふふ。
「…てことはあれか、俺とリルはクリスマスイブはデートできないのか……帰宅にようする時間で」
「わっふぅ!?」
「あー、瞬間移動も先払いの電車賃とかの問題もありますからできませんもんね」
「わぁ…ふぅ…」
「まあクリスマスな」
「うん!」
リルちゃんの頭をポンポンと撫でた翔。
撫でられた本人は嬉しそうに目を細めた。
「しかし…金曜日のテスト終わり次第すぐ移動だぜ? そして移動で時間の大半潰されるから練習する暇もあったもんじゃねー」
「それに目指して仕上げるようにゴリセンは何か色々してるんでしょ? あの人のことだし」
「ああ、だが流石にこのキツキツのスケジュールには文句言ってたな。なに、全国大会優勝しちまえば学校の方も直談判を聞いてくれるだろ」
「だね、だから頑張って!」
「おう!」
今まで全国大会に行った人達はたくさんいたはずなんだけどね、まあ知ってる限りではまだうちの学校で柔道部は全国ベスト8が最大らしいから(それも翔とその先輩達の記録だけど)…全国大会進んだとなると発言力が高くなるのは確実だね!
前回でなぜ優勝できなかったのかも口実にできるし。
「じゃあ俺たちは全国大会を見に行くということで」
「ありがとな」
「そういう訳だから、電車賃勿体ないしサーカスにも瞬間移動で行くよ。皆んな準備はいい?」
みんな頷く。話をしてる間にもう済ませてるからね、そもそも準備するものなんてあのVIPカードくらいしかないし。
「じゃあ行くよー」
その声とともに俺たちは移動した。
家の前から一瞬でどこかの物陰に出る。
「はいついた」
「…ここは?」
「サーカスのテントが張ってある会場の真隣の公園のトイレの裏だよ。じゃ、向かおうか」
叶曰く、やはり瞬間移動すると周りに不思議がられるから物陰に隠れたり、幻術で俺らを認知した人の視界から外れるまで歩いたりと色々対策してるらしい。
やっぱりこういう複雑なスキルは叶じゃないと使いこなせないよね。
「今日は最終日近くなのにあまり人がいないね。平日だからかな」
「そうだね。最終日は今週の日曜日だからね。でもテントは8割以上埋まるらしいって調べはついてる」
「まあ人気なことは変わらないのね」
まあ俺たちにはあまり並ばなくていいなら好都合。
とりあえずチケットを買わずに次の公演を待つ列に並び、チケット提示のところであのVIPカードを見せた。
その時点で他の団員を呼ばれ、その人に引き渡され、VIP待遇席へと通ずる道に案内される。
そこでメニュー表を渡され、その中から好きなものを好きなだけ頼むと(一番頼んだのは甘い物好きの桜ちゃん)、俺と美花にとっては3回目となるサーカスの公演が始まった。
『ようこそみなさん! _____』
最初にピエロである光夫さんが登場する、俺たちに気がついたようで目配せしてきた。
俺は何か用事があるとわかるように…こう、なんとか必死に態度でしめす。
わかってくれたのかわからないけど、光夫さんは微量に頷くとそのまま挨拶を続けた。