第六百二十七話 夜に地蔵のもとで 2
「みんなーおはよー!」
「おっはよー!」
俺と美花はいつも通り、靴箱の中に入っていた数の減ったラブレターの束の処理に困りながら教室にたどり着いた。未だに渡して来る人がいるのは、もう、ものすごいと思うの。
「おはよ、美花ちゃん。 ねぇ、まあ貴方達はもちろん知ってるわよね?」
「佐奈ちゃんおはよ。もしかして翔の県大会ダブル優勝のこと? 私達、直接見に行ったよ」
「だよね。今日はきっとそのことで話題持ちきりだと思う。昨日のうちに私、いたるところに拡散したし」
「ふぃー、さっすがぁ」
佐奈田が、翔の県大会個人・団体どちらも優勝してしまったことを周りに言ってまわったのなら、もうすでに全員知ってると思った方がいい。
「やばくね? まじやばくね?」
「それはやばいわ」
「ん? どしたの?」
クラスの男子がスマホで何かを見ながら騒いでいた。気になるじゃん、こーゆーの。
「ああ、あゆちゃん。あんな、この昨日の決勝戦の火野の動画見てたんだよ。佐奈田から流れてきてよ」
え、佐奈田ってばあの県大会見に来てたのかな?
ほんとに神出鬼没だなぁ。全くわからなかったや。
「俺、ジムでルチャ(プロレス)やってるからわかるけど、火野は強すぎてやばい」
「県大会の決勝戦で瞬殺はやばい」
「ま、翔だからできるんだよ」
教室中が翔の話題で盛んになっている時、ガラリと教室の戸が開かれた。無駄のない筋肉の塊とリルちゃんが入って来る。
「おっ、美花、佐奈田、おはよう。……ん? どうしたんだみんな」
「二人ともおはよ。……なんなんだい、この空気は」
みんなで翔に集中してるもんだから、本人は訳がわからないと言いたげな顔をしてる。
佐奈田が口を開いた。
「おはよう、いや、なに。私が貴方が快勝で県大会ダブル優勝したことを、昨日のうちにみんなに伝えただけのことよ。動画付きでね。ふっふっふ」
「まじか……」
佐奈田のちょっと不気味さを含んだ笑いが起こると同時に、みんながどっと翔に押し寄せて来る。
「いや、カッケーよ! このまま全国大会優勝しちまえって!」
「出るんだろ? オリンピックでるんだろ? 来年の!」
「あ、ああ、全国優勝はするつもりだが……オリンピックはどうかな、受験あるしな」
「火野君、頑張って!」
「私達も応援してるっ!」
「お、おう、サンキューな」
ひゅー、ハーレム大魔王ったら男女からモッテモテぇ。
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「ど? 麻婆春雨、美味しかった?」
「もう2度と外食で麻婆春雨を食べられないくらい美味しかったわ。用事があるんでしょ? 行ってらっしゃい…くれぐれも気をつけてね」
「うん! いこ、叶」
「じゃ、ちょっと行ってくるからね」
俺と叶は外に出た。
夜の8時。普通に街中だったら人通りが多いと思うけど、ここは住宅街だし、それも幻転地蔵のある場所は、怪奇現象が多いという噂が蔓延してるためか人通りが少ない。お昼中は普通なんだけどね。
とまあ、ちょっと考えてるうちに幻転地蔵の前に辿り着くの。可愛い先客が二人いた。
「やっほ! 美花、桜ちゃん」
「やっほ! 有夢!」
「二人とも夕飯はなに食べたの?」
「ハンバーガーよ」
外食してくると言ってた二人はハンバーガー食べたのか。最近チェーン店でたべてなかったからね。あの油っこさは美味しいとかまずいとか関わらず、たまに食べたくなる。
「んーと、あとは翔たちだけだけど…」
[今来た。リルと一緒にいる]
ちょうどタイミングよくあの二人も来たみたい。
俺からまっすぐ見た所の、3つ離れた曲がり角から白い頭の女の子が顔をのぞかせてるのがぼんやり見える。幽霊でもない限りリルちゃんだ。それ以外ない。
[リルちゃんが見えたよ。全員揃った]
[おけ。じゃあ始めるんだな]
[うん]
さぁて、いよいよか。なんか怖いなぁ。
「叶、全員揃ったから始めるよ」
「…うん。じゃ、にいちゃん頼んだ」
俺は日本風にお祈りして散々に謝ってから、幻転地蔵様の頭をつかんだ。重い石のはずなのに、ぐらりと動いた感覚。
……と同時に昔、直してあげた時のことを思い出した。あの時はお地蔵さまはどうだったのかな、中身を見た記憶がないからわかんないや。
「ん……しょ。あり?」
首を外した。ついに外してしまった。
しかしそこにあったのは、石の身体のみで、空洞なんてどこにもない。
「なんもないよぉ?」
「あれ? おかしいわね?」
「……じゃあ一旦元に戻して、今度はアナズム風のお祈りしてからやってみよ」
「ん…わかった」
重い頭をせめて丁寧に丁寧に元に戻し、今度はお祈りをアナズム風にした。その瞬間、何か空気が変わる。
わかる、空気が全然違う。プレッシャーに近い感じかな。
「は、外すよ?」
「あ、あゆむ…手伝う?」
「いいっ…」
俺は手をお地蔵さまの頭を再び外した。
なんだかさっきより軽い。そしてその外した先には……さっきはなかった大きな空洞があった。




