第六百十九話 県大会個人戦 2
『一本!』
「あー、やっぱり一瞬だったか」
「はぁ…わっふ…はぁはぁ…わふん…」
「「「「ふえっ!?」」」」
俺は思わず二度見した。
ふえ、と言ったのは俺と美花と叶と桜ちゃんだ。
何が起こったかわからない…わけじゃない。体撃奥義のおかげで俺だってプロ格闘家くらいの実力はある。
それから見ても、翔は異常だった。いや、化け物というに等しいかな。
試合が始まってわずか数秒。
両雄は掴みあう、そこまでは普通。しかし、そこから先がもはや別次元であり、気がつけばすでに審判の少し遅れた一本の声が聞こえていた。
「やっぱり県大会でもこうなるか」
「はぁ……はぁ……んくぅ」
俺は翔にたくさんたくさん、アンドロイドでプロ柔道家と戦わせてみせた(たまに異種格闘もやらせた)わけだけど、そうか、こんなことになってたのか。
「幼馴染が人間離れしてる」
「ね。もうなんなんだか」
「それにしてもリルちゃんがさっきからすごいことになってるんだけど」
「え?」
リルちゃんの方を見てみると、頬を真っ赤に高揚させ、口は半開きで呼吸を素早く繰り返し、目は強く翔を見つめていた。さすがに肺が苦しいのか片手で胸を押さえ、もう片手は股に挟んでいる。
……一言で言って仕舞えば、エロい、これに限るね。翔にはわるいけど。
「リルちゃん、どしたの?」
「ショーかっこいい…はあぁ…かっこよすぎるよ…….はぁぁ…はぁ……あ、2人ともごめんね」
結構時間が経ってからリルちゃんは俺と美花が話しかけたことに気が付いたみたい。もう見たことないような表情してるよ。
「どうしてそんなになってるの?」
「わ、私は、オオカミ族…戦闘民族だからさ、メスとしては、そのだね、こういう男同士の試合は好きなんだよ」
「ほうほう」
リルちゃんが深呼吸した。
話を続けてくれるらしい。
「それで、私の大好きなショーが、細身なのに筋肉密度が半端じゃなく、まさに筋肉の権化なショーが、見た目だけでも私の琴線を揺らすのに、地区大会でいい成績を収めた…つまり少なくとも地区大会よりは強者である相手を、いとも簡単に、圧倒的実力差で圧勝する……! かっこよすぎて……もう、私…らめぇぇ…」
「リルちゃんどうどう」
完全におかしくなってしまったリルちゃんの背中を美花はさすってあげている。なるほど……リルちゃんにとって翔はもう完璧な人間、理想中の理想の理想なのか。
まさかこんなになるとは誰も思わないよね。
しっかし、リルちゃんの日本語の語彙力もすごいものになったな。一気に増えた。
「フエンさん、大丈夫か?」
「……多分大丈夫ですよ」
「そうか、前の大会でもショーが勝った後にこんな感じになってたんだがな。……前回より酷いな」
「そうなんですか……」
「ああ、部員たちも試合に熱狂して聞いていないのが救いだが、結構、他人に見られたら問題ありそうだよなぁ」
うん、今のリルちゃんはたしかに俺たちや、ゴリセンみたいな良識のある大人以外が見たら色々刺激しちゃいそうだもんね。戦闘民族の好みってのもなかなか困ったものだ。
そうこうしているうちにリルちゃんの未来の旦那さんが帰ってきた。
「勝ってきたぜ! あと2回勝てば地方大会だ!」
「お疲れー」
「お疲れさまです!」
「ショーっ……ショー、今回もすごかったよぉ……」
「そ、そうか? って、リル、顔が真っ赤だぞ? 普段は白いからより目立つな…」
「あふぅ……」
美花は黙ってリルちゃんの隣から俺の反対側の隣に移動し、座った。俺とリルちゃんの間に翔が座る。
それと同時にリルちゃんはガシリと翔の腕に強く抱きついた。
「な、なんだよ、リル。なんか俺の試合が終わったあと、決まっておかしくないか?」
「気にしないでよ…。あ、でもショー、私、いまならショーに人前で何されてもいい。ここで脱がしてこっそりエッチしてもいいんだよ? なんなら縄で縛って乱暴に…」
「そ、そんなことしねーよ!?」
あーあーあー、俺は何も聞いてない。
幸い、今の話を聞いてきたのは俺と美花だけだったみたいだ。
「あふん…それなら明日また楽しみにしてよ」
「お、おおお、おう」
やっぱり先週もアナズムでいろいろあったんですね。
「なあリル」
「はふ、なんだい、ショー」
「とりあえず落ち着けよ。また勝ってきてやるから」
「………わふん!」
リルちゃんはショーにさらに強く抱きついた。やっとほかの部員も気がつき始め、めっちゃ嫉妬の目を向けている。と、突然、美花が俺の腕に抱きついてきた。
「……リルちゃんが羨ましくなったの、こうさせて?」
「いいけど…」
俺とミカも嫉妬されるんじゃ……。
そう思って周りを見て見たら、なんだかすごく暖かい目で見られるの。なんでだろうね。