第六百十六話 柔道の県大会 2
翔と二人で話し合って居る時に一人の柔道部員が近づいてきた。
「部長!」
「お、こいつが先鋒の星野だ」
「へえ、君が」
たった一人だけ一年生が翔たちのグループに入ってる。……一年生かぁ…まず俺より年下なわけだけど、ガタイが良すぎてとてもそうは思えないな…。
「あ、あゆちゃんさん! お、お話できて光栄です!」
「そんな謙遜しなくても。俺なんて何も特にしてないよ」
「い、いえ、うちの学校の星っすから!」
確かにお姫様扱いだとかアイドル扱いされるけどさ。そんなこと言われるとなんかむず痒いな。
「とにかく頑張ってよ、団体戦! 応援してるよ!」
アナズムで培った技術、そう、もともと惚れてる相手をもっとメロメロにする仕草……手を軽く両手で握ってあげて、微笑みかけてみた。これで応援になるならいいんだけど。
「が、が、が、頑張るっすぅ…!」
顔を真っ赤にしてそう宣言した。うむ、優勝まで飛び抜けていってほしいね。
「お前さ…俺の後輩をおとすなよ」
今の光景を見ていた翔に注意されてしまった。
俺は自分の頭を軽く、コツンと叩き、軽く舌を出した。
「てへっ」
「……」
とても冷ややかな目で翔は見てくる。
なるほど、少しやりすぎたかもしれない…ところで、だ。
「あの子さ、俺が男だってちゃんとわかってるよね?」
「さあな。お前が女子だと思ってる一年生は半分は居るらしいからな」
「制服着てるのに、なんでだろね」
「顔だろ」
そんなやりとりをしてる中、またガタイのいい二人が翔に近づいてきた。
「あ、火野、今日もお前の出番ねぇから」
「副部長もな」
ああ、この二人は翔のメンバーの残り二人か。
次鋒と中堅だね。
「頼もしいね!」
「だろ」
「あ、あゆちゃんだ!」
「すげ……」
クラスが離れてるから全く面識がないこの二人にも、俺のことはもちろん伝わっている。というよりうちの学校の中等部、高等部、大学で俺や美花、翔…いまはリルちゃんも含め知らない人は居ないらしい。
叶と桜はテレビでインタビューされたし言わずもがなだよね。ゴリセンみたいに気がついてないなければ別だけど。もうスケールがすごいね。
「名前は?」
「二山と中川だ。こいつら女慣れしてないから、お前が何かするだけでコロッといくぞ」
「ほう」
それはいいこと教えもらった。
ならば頑張らせてあげようじゃないか。
「えっと、二山君と中川君?」
「な、なな、なんだ、あゆちゃん」
「幼馴染の応援する時間はないかもだから、俺らを応援してくれよな!」
ふんふん、この二人ならあれでいってみるか。
俺は二人の間に割り込み、素早く肩を組んだ。そして二人の耳元で交互に、セクシーさを意識して囁くの。
「二山君、中川君、翔を…みんなを優勝まで導いてあげてね。応援してるよっ」
軽くウインクをして一歩後ろに下がり、二人の背中を叩く。はい、完了。
「おれ………がんばるわ」
「火野。神様のいたずらってこのことか?」
「だが男だ。そもそも二山より身長高いしな」
「なにそれ聞きたくなかった」
後で聞いた話、二山は165センチメートルらしい。俺は170センチ丁度だから俺の方が高いんだね。そういう人にとってはよく変な気持ちになるって言われるけど、175センチ越えの女子とかもいるし別に普通だよね?
「そろそろ選手入場が始まるぞ。成上に骨抜きになるのもいいが、程々にしろよ」
「「「「うっす」」」」
それを聞いてみんな瞬間的に真面目な表情になる。こういうのかっこいいなぁ。スポーツ観戦好きの女子の気持ちがわかるかも。
ちなみに他の四人はさっきまでゴリセンとお話ししてたみたい。まあ、美花が部員達とお話しすると骨までクタクタの絞りカスにしちゃうからね。
俺の場合、男だと知ってる人はある程度理性が保たれるらしいけれど、美花の場合はグニャングニャンになっちゃうの。
そんなことよりいつのまにか選手入場が始まった。地区大会を上位で勝ち抜いてきた猛者達がこの会場の真ん中に集まっている。うわ……どう見ても2メートル近く身長ある人もいるよ。あれどうなってるんだろ?
それにしても翔はひときわ目立つくらいイケメンだな。幼馴染をイケメンだのと褒めるのは気恥ずかしいけど、事実だし仕方ないね。
しばらくして開会式が終わり、1戦目はまだ試合がない部員達がこの席へと戻ってくる。
「よし…次だ、次から初戦……!」
「……あの、俺、初戦は一人でいけたらいきたいと思うっすよ」
「……できるか? 県大会だぞ」
星野君がすごいことを言ってのけた。
彼は覚悟を決めたようにこくりと頷く。
「なんだか今日はいけそうな気がするんすよ」
「…わかった。やれるだけやってみろ」
「はいっ」
その後の結果は誰が予測できただろうか。
まさか星野君が宣言通りのことをしてしまうとは。