第五百九十六話 大会に向けて (翔) 2
「じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ。……付き合ってくれてありがとな」
「気にすんなよ。チーム戦がある以上、当たり前のことじゃねーか」
「そうか、そうかもな」
俺とリルは部活を上がった。ま、どうせ明日も来ることになるんだろーがな。
例に漏れず、部活後はリルは抱きついて来ない。
「まさか…ショーには追いつかないと思ってたけど、他のみんなには…」
「まあ、リルには半端ない運動神経があるし、俺もアナズムでマンツーマンで教えてるだろ? うまくなんのは当たり前だぜ」
「わふ、そっか!」
と言っても一番驚いてるのは俺だが。やはり頭の出来が違うと物覚えも違うんだろうか。
そう言えばリルは運動全般で部活生を抜いてるんだったな。
「なあリル、100メートル走で女子陸上部のやつ抜かしたってマジか?」
「マジだよ! ……というより、体育は私が一番すごいってみんな言ってくれてる。ジュモクとわず」
「樹木じゃなくて種目な。よかったじゃねーか」
「……でも部活で頑張ってきた子を抜いちゃうのは…その、心が痛むというか…」
つーことは、今日もリルは心が痛んだのかね。
体重差がある柔道部員を転ばせるなんて相当だがな。もっと誇っても良い気がするが。
「もっと誇れよ。すげーよ」
「そ、そうかな?」
「勉強もできて運動もできるなんて、もう優等生そのものだからな。……彼氏が俺だってのが不釣り合いだって思うやつ、そのうち出て来るんじゃないか?」
「えっ……。そんなの、私の方なのに…」
「それはないな」
「わふん?」
リルが首をかしげた。
抱きついてはきていないと言っても、触れるか触れないかギリギリで歩いてるからな、肩に頭が少し乗っかる。
あー、もう。めちゃくちゃ可愛い。
「今日はお風呂入って、ママの作ってくれたお夕飯食べたら寝るの?」
「そのつもりだが、リルはどうしたい?」
「え、どうしたい? って…。そりゃ、その、ショーとお話ししたり甘えたりしたいけど…」
俺も何か物足りないと思ってたところだ。
朝と登校の時にしか抱きついてもらってないからな。あのフワッとした感覚がクセになっちまってて、なんだか落ち着かないんだよ。
俺もすっかりリルに心を奪われてるな。
「じゃ、俺の部屋こいよ。1時間くらいだけなら二人で何かできるだろ」
「わふん! うれしー! …ショー、その…こっちで行為してから色々と誘ってくれるようになったよね」
「そうか?」
それは俺にとっての枷がなくなっただけだと思うがな。リルへの誘いやすさが断然違う、気持ち的に。
遠慮がなくなったというか……アナズムでも試しに2回ほど、俺から夜の営みの誘いをしてみたんだが、リルは2回とも尻尾を振って大喜びで受け入れてくれた。
こうやってどんどん色欲に落ちていくのか?
有夢と美花みたいに? いや、しかし愛し合ってるならそれで良いかという、俺らしくもない考えが浮かび始めてるのも確かだ。
それとも俺は、やっと完全にリルを自分の大切な人間だと心から理解したのか。ま、もうそこらへんはどうでも良い。リルを愛してるってだけが事実だ。うん。
ひとえに親友のおかげでもあるかもな。
「じゃ、今日もたくさん私のこと触ってね……っ。なんなら1時間だけの間で夜伽も…」
「お、おう…いや、そんなことしたら疲れるだろ」
汗をかいてるせいか、妙に色っぽくて、つい本能に任せちまうところだった。それじゃあいけない。
「じゃあ今日もショーの好きなとこ触ってよ…」
「そこは…まあ、宜しく頼む」
なにが宜しく頼むだ。結局少ししか自粛できてないじゃないか…俺も随分変態になったもんだな。成長なのか退化なのかよくわからん。
…そもそも前まではそれができなくて悩んでなかったか? うーむ、なかなか難しいものだな。
「インターハイ終わった後はどうしようか?」
「クリスマスに近い時期だろ。…どこかデートいこうぜ」
「その言葉を待ってたよ! えへへ」
クソっ…可愛すぎる…。
こうなったらインターハイを全国で優勝して、晴れ晴れとした気持ちでデートに行こう。
俺なら全国優勝までいけるはずだ! ほぼ願望に近いが、今の実力ならなんとか!
いや、でも待てよ…金はあったかな? うーん…クリスマスを過ごせて、なおかつプレゼントを贈れるぐらいはあるか。まだまだ余裕はあるが、このままじゃ前に貯めたバイト代じゃたりなくなりそうだな。
そっちも考えないと。
「わふふん、わふふん、楽しみぃ~……っ!?」
リルが唐突に後ろを振り返った。
そしてそのままその方向をジッと見ている。
「リル、どうかしたか?」
「いや……なにか怪しい足音がしたような気がしてね」
「怪しい足音…?」
「うん。…でも誰もいないということは勘違いだったのかな?」
そちらを睨みながら前を向くリル。
…そうか、不審者だったりしたらあぶねーもんな。
俺とリルは再三注意を周りに向けながら、駅から電車に乗り、家に帰った。
親父が居るから家が一番安心だ。