第五百十五話 デートの終わり (叶・桜)
________________________叶は桜と選んだ衣服類の品物をカウンターの上に置いた。
「お願いします」
「はい。1万5000円となりま……ん?」
この服屋の女性店員は2人の顔をよくみた。そして、まるで目の前に正規の有名人がいるかのようにハッと息を飲む。
「お、おお、お客様! 少々お待ちください!」
そういうなりその店員は2人をほっぽり出し、カウンター裏へと消えていく。
程なくしてて連れてきたのは、その店の女性の店長であった。
「どうも、当店にようこそおいでくださいました」
「はい」
テンションが少々高めな女系店長は、ぐいぐいと叶に絡んでゆく。
「その記事とか読んでます。非常に勇気が与えられました」
「そ、そうなんですか。ありがとうございます…」
その店長は2人に目線を合わせるなり、興奮気味に挨拶をする。
「あ、あの。私にも何かできることがあるのではないかと考えてて、ちょうどそこに貴方方がきてくださったので、なにかしたくて……その、これを御受け取り下さい」
店長が懐から取り出し、叶に渡したのは10枚のチケットだった。『20%OFF』と書いてある。
「いいんですか?」
「はい、当店の割引チケットとなっております! 今から一枚お使いいただいても構いません!」
「そ、そうなんですか」
叶はそのやけに高い店長のテンションに驚きつつも、言葉に甘えてその20%OFF券を差し出した。
1万5000円だったこの店での買い物の値段が、1万2000円となる。
「どうか、また、お越しください!」
店を去ろうとする2人に、店長は深々と頭を下げて見送った。
「………まただね」
「ね」
実はこの出来事、5度目であった。
1度目は水族館に入る前にドーナツ屋で。
2度目はその直後に入ったデパート内の服屋で。
3度目はその店と同じ階層のアクセサリーショップで。
4度目は途中で寄ったカフェで。
5度目はこの、駅内の女性ものショップで。
1度目と同じような感じで、感激した人々が叶と桜になにか施しをしていっていたのだ。
「そんなにテレビすごかったっけ?」
「さあ……」
叶と桜は肩を同時にすぼめる。
本人たちにはわからないが、側から見たらこの奇跡のような出来事は涙を誘い、心をきゅんとさせたのだ。
「……で、これで買い物終わり?」
「うん。終わりだね。…….結構ショッピングしたよね…帰ろっか」
たくさんの手提げ袋を手に持ちながら叶はそう言う。『桜にはもたせまい』として、たった1人で全ての荷物をもっているのだ。
そしてもう夕方の5時をしめす腕時計。
門限は6時までなのであり、そこまでには帰らなくてはならない。
「うん。……本当にたーくさんお金使ったね。大丈夫?」
「大丈夫、桜のためならいくらでも貢ぐよ」
「……っ。ばかっ」
本日何度かわからないほどの回数目、桜は頬を赤く染める。
「も、もう。いつかこの借り返すからね!」
桜はビシッと人差し指を叶の顔すぐそばに立て、にっこりと幸せそうに微笑む。
「うん、ずっと待ってるよ」
「わかったわ。ありがと」
自身の精一杯のお礼のつもりから、桜は叶の腕にぎゅっと抱きついた。
そしてかるい痴話の言い合いもしながら、2人はそのまま駅の中を進み、ホームへ。
そこから普通に地下鉄にのり、いつもの駅で降り、彼らは自宅へと戻っていった。
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「ありがとね、今日は」
家の前。
まだ少し時間があったために、2人はそこで話し合う。
「どういたしまして。桜が楽しんでくれたのならそれだけで大成功なんだけど」
ハニカミながら少し恥ずかしそうに叶は言った。
「…私としてら叶だからなんでも大成功よ。なんでも、楽しい」
「それじゃあエスコートしてる意味ないよ」
「叶ってばやっぱりエスコートしたいの?」
桜のその問いに、叶は軽くではあるが頷いた。
「ま、私、叶のエスコート嫌いじゃないけどね! また今度、デート行こうね」
「うん、近いうちにね!」
2人は互いの顔を見て、笑い合う。
全身を持ってこの2人は幸せを感じているのだ。
「………………ね、叶」
「なに?」
いつもとさっきまでとは全然違う、少し大人びた雰囲気で、桜は叶をさらによく見据えた。
叶もそれを感じていた。
「ちょっとごめんね」
そう言うなり桜は叶の首に手を回し、背伸びをしながら自分の口の高さを叶の口の高さに調節をする。
そして、そのちょうどいい距離で________キスをした。
数秒で離してしまわない。
実に2人の体感時間で1時間________本当は1分程度。
そんな長いようで短い時が経ったところで、その唇は離された。
ディープキスではない、ただのキスであったが、2人にとっては実に濃厚である。
「叶っ…だいすきっ!」
その濃厚さに酔ったのか、勇気を振り絞ったように桜はそういった。
「じ、じゃあね。今日はありがと」
それから慌てて桜は買い物袋を両手に下げながら自宅へと入ってゆく。
「………」
1人取り残された叶は自分の唇をそっと手で撫でた。
そして、唇の柔らかい感触と、『大好き』の言葉を脳内で反復させ。
「俺は…幸せものだなぁ…」
本当に幸せげな表情で呟いたのだった。




