第五百二話 リルの部活体験 (翔)
「おう、火野と剛田か。…予定通りフエンさんも来てるようだな」
入って来たのは顧問だ。
「あ、ゴリセン、オス!」
「……そのあだ名を知らない子がそこに居るんだ、あまりその名前で呼ぶな」
身長190を超える顧問に、剛田は睨まれる。
……この顧問は通称ゴリセン。どっからどうみてもゴリラ…だからゴリセンだ。41歳妻子持ち。
「ゴリセン、いいっすか? おととい電話した通りなんすけど」
「うむ、構わない。えーっと、リル・フエンさんだったよな? ぐ、グッドモーニング、あ、アイム…」
「ゴリセン、リルは日本語ペラペラっすよ」
ゴリセンが少し赤面した。
めちゃくちゃ英語が苦手なくせに無理すんなっての。
「えっと、自己紹介が遅れました。私はリル・フエンです」
「あ、本当に日本語うまい。ともかく今日は見学するんだよな?」
ゴリセンのその問いに、リルは首を頷かせる。
「見学するとしても、少しでも参加する予定ならばジャージか柔道着を着てきてほしい。準備はできてるか?」
「うん、持ってきてます!」
リルは持っていた柔道部が詰まった袋をゴリセンに見せつけた。
「よし。…ところでなぜ、柔道部を見学しようと?」
「やっぱり、日本はジュードーが盛んだし…そ、それにショーがしている部活だから…です」
なんて照れる回答をするんだリルは!
…おっと剛田に羨ましいと語るには十分な眼差しを向けられたが俺は知らん。
「…フエンさんとこいつが付き合ってるって噂はやはり本当だったのか。……な、剛田」
「正直、ゴリセンくらいっすよ、それ噂だと思ってたの。もうみんな事実だってわかってますって」
剛田から話をきいたゴリセンは、今度は俺の方を向く。
「お前…彼女といちゃつきたいから呼んだとかじゃないよな?」
「違げーますよ」
ま…半分当たってるんだけどな。
「とにかく、まずはお前ら着替えて柔軟してろ。……フエンさんも道着を着てきなさい。着方はわかるか?」
「わふ、大丈夫! 一人でできます!」
「そうか、まあここには野郎しか居ないから、手伝ってやらる者がいないからな、話が早い」
続々と他の部員たちも入ってきたということもあり、俺らはさっさと着替えることにした。
本当にリルは一人で着替えられるだろうか、帯とか。
…まあできてなかったら俺が手伝えばいいだけだよな。
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「おお、できてる!」
俺の隣に立っているゴリセンがポツリとそう言った。
女子更衣室から出てきたリルは、確かにちゃんと道着を着れていた。
しかし…胸の大きさが若干わかるな…俺以外のやつに見られたくないが仕方ない。
「フエンさん、こっちにきなさい」
呼ばれるままにリルはこちらに来た。
ちなみに、いまは俺ら…部長と副部長と顧問の3人で部員全員の前に立ち、ちょっとしたミーティングをしているところだったんだ。
その3人のガタイのいい男共(俺含む)の中に、一見華奢で弱々しいリルが混じるのだから、はたから見たらおかしい光景だろう。
「えー、今日、見学するリル・フエンさんだ。お前らの知っている通り、ノルウェーから転校して来てるな。そんな子がわざわざ見に来てくれてるだ、粗相の無いようにな」
「「「おす!」」」
やはり女の子がいると皆がいつもと反応が違うな。
男しかいないからなーやっぱり緊張するか?
「じゃあ、各自やってる奴もいると思うが、柔軟をするぞ」
顧問がそう言うと柔軟がそれぞれ始まる。
うちの柔道部の柔軟はゴリセン直々の決まったメニューがあるため、その順番にその通りにやっていくんだ。
中には誰かとペアになんねーとできねーのもある。
その場合、リルは_______
「うし、次はペアになれ…ああ、フエンさんは火野がやれよ。彼氏だろ」
「うっす!」
俺はリルの元へ。
するとリルはにっこりと、さも嬉しそうに微笑んだ。
いつもとは違う格好をしているだけに、キュンとくるものがある。女子の道着姿ってこんなにいいものだっただろうか。
「よろしく頼むよ」
「おう」
ちなみに俺がいつもペアを組むのは大抵、副部長の剛田だ。今回は剛田はゴリセンと組んでるみたいだが。
俺は開脚をして地べたに座っているリルの背中を押してやる。これが柔軟になるんだが……リルがぺたりと。
「ふふふ、ショー、私っては案外、関節が柔らかいんだ」
「そうみたいだな」
もはや押す必要がない。
普通にできちまってるな。
とまあ、俺が参加してやったのはいいが、リルの身体はすでにほぐれまくってるみてーで、俺の手助けが必要なかった。
さすがは勉強よりスポーツができると言っていたことはある。
「うっし、じゃあ準備運動終わりな! 次は受け身だ! 受け身のやり方をフエンさんに教えるのは、そのまま火野がやれー! じゃあ後受身から」
しばらくして、そうやって本格的な練習が始まった。
うむ、しっかりとリルに手取り足取り教えてやるか。




