第三百八十六話 翔の彼女
ゴソゴソと音がする。
多分…今、アムリタをふりかけたんじゃないだろうか?
「お…おおっ!?」
翔の驚くような声。
そう言えば、髪の毛だけから人を生き返らせるのって初めてだ。どうやって、身体を形成していくんだろ…ちょっと気になるけど、翔のためにも後ろは振り返らない。
「リル、リルッ!」
翔の、塊が弾けたような声が響く。
ガバ…と、誰かが何かに抱きつくような音もした。
「リル_____っ!」
「ち…ちょっと、翔!? 気持ちは痛いくらいわかるけど、その娘、まだ裸よ!」
「あ…ああ! そ、そうだったな!」
気持ちが高ぶって、翔が抱きついたのか。
それにしてもこんな野外で裸のままの相手に抱きつくとか、大胆なやつだ。ミカ同様、気持ちはわかるけど。
『桜、そっち抑えて』などのミカの声と一緒に、布ずれの音も聞こえてくる。
着替えさせ終わったのか、しばらくして、俺と叶はこっちを向いて良い、と、ミカから言われた。
言われた通りにそちらを向く。
翔の腕の中には、俺の服を着た獣人の女の子が抱かれていた。犬耳に犬の尻尾がついて…あ、そういえば狼族だったっけ?
俺よりは長めで、セミロングにはギリギリ届かない長さのショートカットの青っぽい薄灰色の毛は、一見すると今の翔の髪の色とお揃いに見える。尻尾の毛とかも同じ色だ。
それと…そうだね、まず、顔はすごく可愛い。
学校の、俺らのクラスに居たら、間違いなく女子の中で2番目に可愛かったことだろう(無論、ミカが一番だけど)。
身体はかなり痩せてるけれど、胸は……おお、一目見てわかる。リロさん程じゃないけれど、あれはきっとかなり大きい。
そうだね、翔の好みの超ド真ん中と言ったところだね、ありゃあ。
俺は狼族の少女を抱いてる翔に近づき、声をかけた。
「よかったな、翔のもろタイプそうな娘じゃない?」
「そ、そうか? そうか、はは…」
軽く涙目になりながら、翔は微笑んだ。
こうするとかなりイケメンなんだよなぁ、こいつも。
「わ…わふ…」
「リル!」
狼少女の目が、ゆっくりと開かれる。
それに気づいた翔は抱くのをやめ、両手で身体を支える姿勢をとった。
「わふ…御主人?」
「ああ、俺だ、ショーだ! わかるか?」
リルって娘は視線をキョロキョロと動かしながら、翔に向けて、そう呟いた。
……御主人て、やっぱり翔のやつ、この娘にへんなプレイさせてたんじゃ…。
俺とミカですら、まだ至ってノーマルなことしかやってないのに…。
「わ…わかるよ? しかし…ここはどこかな? んーと、私は一体…?」
もう一度、ぐるりと俺らのことを一瞥したリルって娘は翔の方を向きなおす。
翔はまた、リルって娘を自分の胸まで寄せ、抱いた。
「はは…えっとな、とにかく沢山あったんだ…! たくさんな」
「…翔さん、俺が手短に話しますよ。翔さんもよくわかってないでしょ?」
「ああ、わりいな」
リルちゃん…で呼び方はいいかな。
叶はリルちゃんの死んだ後から、スルトルを封印するまでをこの場にいる全員に手短に話した。
かなりうまい話し方だったよ。流石だね。
「私は死んだんだ。一回」
「うん。それで翔さんはスルトルに乗っ取られて…」
「わふ…。私のせいで…ごめんなさい。ショー、みんな」
リルちゃんは翔の腕から離れると土下座をした。
土下座が癖になってるって話は本当だったか。
「か、顔をあげて! リルちゃん」
「わふ、サクラちゃん…」
「そうだよ。スルトルは私達が封印したし、結果的に一部を除いて全員無事なんだから、良いんじゃない?」
「うん。…わふ?」
そう、声をかけたミカの顔をリルちゃんは二度見する。
そして三度見をしようとした時に、もともとくりっくりだったその青い眼をさらに見開いて驚いた。
「わふうぅぅぅぅぅっ!? ほ、本物のミカちゃんだ! す、すごい…!」
「リルさん、俺、さっきも二人の名前はあげませんでしたか?」
「ああ、そうだったね。あの時はまだちゃんと頭が働いてなくて…わふぅ、わふぅ、ミカちゃんだ! わふぅ」
興奮しだした。
やっぱりこっちの世界の人は俺らを見るとこうなるんだ。リルちゃんはマシな方か。
「あ、あの、私! ジ・アースのファンで…」
「そうなの? ありがとう! たしかに、私はミカ・マガリギだよ! で、こっちは…」
俺が引っ張りだされる。
慌ててアリムに変身し、リルちゃんに笑いかけた。
「アリムだよ!」
「わふうううっ! 本物だ! ふごい、ふごい! ショー、ショーはこの二人知らないよね? この二人は全アナズム中で人気の二人組なんだ! まさかこんなところで会えるなんて!」
眼をキラッキラに輝かせながら、そう、翔に必死に報告するリルちゃん。
そんなリルちゃんをなだめようとする翔。
「おいおい、リル。らしくないぞ。そうか、今はアリムとミカはそんな扱いを…」
「わ、わふ? もしかしてショー、アリムちゃんとミカちゃんと知り合いなの?」
「まあ…知り合いってか、友達ってか…なぁ?」
翔が俺に答えを求めてきた。
仕方なく答えてやろう。
「うん。まあ腐れ縁ってやつだよ。昔からの」
「………わふ? どうゆうこと? 翔はこの世界に来て、まだ……」
「まあ、それはおいおい話すよ!」
なんて話を中断させて見る。
このまま話し込んだら、絶対に長引くからね。
「やっぱ、話はたくさんあると思うんだけど、そこの魔神をなんとかしないと…ね」




