第三百六十八話 叶の論 (叶・桜・翔)
「は…? か…帰らなくても良いというのか?」
カナタの発言に、疑問を抱いた。
一方、今、カナタに抱かれているサクラは、カナタの発言と行動により、脳みそ自体が働いていない。
「あくまでの話です。そちらが帰還するということを後ろ盾に魔神と戦えと言うのなら、俺は桜が何よりも大切であり、桜が危険な目にあうのは避けたいですから。帰れずとも戦わずに逃げる方を選びますよ。つまり、そちらの脅しはあまり効果がない…と、言うことです」
そう言い終わると、カナタはやっと抱いていサクラを離す。
脳がロクに働いておらずとも、今の話を全て聞いていたサクラは、おおやけに大人数の前で大切だと言われた事に改めて酷く赤面し、メッセージでカナタにどういうことか聞き返そうとしたが、カナタの顔が大真面目なのでそれはやめた。
ただ、ジィーっとカナタの顔を見つめる事にとどめる。
カナタは暫く周囲の様子を見た後に、さらに話を続けた。
「それで? ローキスさん。脅してまで俺の安全な案を行使したくない理由はなんですか? 先ほどまでの話に戻りますが…まさか、本当に、魔神を利用して何かしようとしてるわけじゃないですよね?」
ローキスは黙る。
睨みながら黙る。
そんな中、デイスが口を開いた。
ローキスは急死に一生を得たような安堵した顔をする。
今、彼の心の中では、デイスを殴ってしまったことを後で謝ろうかと考え始めているのだった。
「…カナタよ。こちらも色々と準備をしているのじゃ。だからローキス様はカナタの案を否定して____」
「なら、何故それを今言うのですか? その情報も前もって言っておくべきだと思いますよ。ついでに、今の話し合いの中でそれをいう余地はいくらでもあったはずです」
しかし、あっさりとカナタに破られてしまう。
今度は、カナタはデイスが言ったことに対して言及をし始める。
「それで、とりあえずその準備とはなんでしょうか? ローキスさん」
「え…あ…そ、それはポーションとか…MP回復薬とか…へ、へへ…兵士とか…」
苦し紛れにそう言った。
カナタはそれにツッコむ。
「回復は桜の方ができますし、その上、この世界の最高峰レベルの回復アイテムを俺達は多量に所持しているので、要らないです。それに兵士さん達を使うと今、言いましたね。なら尚更、俺の安全な案の方が良いかと。人を死なせずに済みますからね」
カナタはさらにローキスの方に歩を一歩だけ進める。
「…仮に封印以外では魔神が倒せないとしましょう」
「あっ…ああ! そうだ!」
カナタが自分からそう言った。
ローキスはそれを好機だと考え、とりあえずそれに賛同をする。
「それも、ローキスさんがその場にいないと封印できない…と」
「そ、その通りだ! ははは、話さなくて悪かっ____」
「じゃあ、ローキスさんとデイスさんと俺だけで、グングニルを持って、無人島に行くんです! そうしなきゃ、国などに被害が出ちゃいますもんね! 無人島なら大丈夫ですよ」
「________たぁ…………?」
ローキスは目を見開いたまま固まる。
彼はかたまったまま考える。そもそもどこでこうなってしまったのかと。
どうすれば、この状況を覆せるのかと。
彼にとって、カナタが自由自在に瞬間移動ができることは予想外だった。
無論、それはカナタは瞬間移動を隠しておいた方が、何かの武器になるかもしれないからと、今まで隠していたのだが。
カナタの今までの提案は、前例がない、ということでなんとか批判できたかもしれない。
しかし、この無人島に行き、周りに被害が出ないように戦うという案は批判できなかった。
もう、思いつく理由がないのだ。
何を言ってもカナタはことごとくそれを破る。
しかし、無人島に魔神を持っていかれても困るのだ。
復活した魔神を兵器として使用できなくなる。
ローキスは必死に考えた。
今まで、勉学以外でここまで悩んだことはない。
そんなローキスが必死に考えた。
そんな中、カナタの一言。
「それすら否定されるとは…。やっぱり何かあるんですね? 皆さんはどう思われます? ……あ、立場などがあると思うので頭の中で考えるだけで良いですよ」
先ほどまでのやりとり。
重鎮達は皆、心の中では決まっていた。
カナタとローキスの会話と、ローキスの動揺により明らかにどちらが正しいかは結論が出ている。
1分のち、また、カナタは話をし始める。
「俺はもう、この話し合いでローキスさんが何か、魔神に関することでやましいことをしようとしてることは確かだと確信しましたので。身の…いえ、大切な人の身の安全の確保のため、俺の考える限り最善の方法を取らせていただきますね? それでよろしいですかね? 反対意見がある人は、手を大きくあげて下さい。………俺が納得いく理由を挙げられる方に限りますよ」
手を挙げようとする者は誰もいない。
申し訳なさそうにローキスの方を見る者らが数名。
カナタに感服する者が数名。
カナタの言動に対して照れてつつも幸せを感じている者が1人。
今にも千切れそうなまでに唇を噛み締め、その場にいる全員を睨む者が1人。
無表情な者が1人。
 




