第三百二十一話 リルとのデート後 (翔)
「ただいま」
俺は誰もいないその二人暮らしにしては異常なまでに広すぎるアナズム版高級マンションの一室に帰ってきて、そう呟いた。
お互いに買いたい物があるために、午後5時頃に一旦別れたんだぜ。
俺は野菜やらを買い込んだんだが…リルはまだ帰ってきてないようだな。
どうすっかな…この間に叶君のようにSSランクスキルでも増やすかな…と、考えていたその時、ガチャリと部屋の戸は開かれた。
「…ただいま、御主人」
「おう、リル。おかえり」
なんだ、すぐに帰ってきたじゃないか。
「…御主人、今日は私が夕飯を作ってもいい?」
「ん? わかった、頼んだぞ。食材はさっき買っておいたから好きなの使って」
「…うん」
帰ってきてそうそう、リルは赤頭巾を外してから台所へと向かった。
ふうむ。
さて、俺の…いや、リルにとっても人生初のデートだったわけだが…。
とりあえず、反省すべき点はある。ありすぎると言っても良いかもしれねーな。
楽しかったのだろうか、リルは。
俺は…実を言うとかなり緊張しちまって…楽しいかどうかなんてな、サッパリだった。
だが、1つだけ言えることは…彼女がいるっつーのは実に最高だという事だな。
文化祭やらで、カップルが幸せそうな顔をしている…その気持ち、今だったらわかるぞ。
「…御主人、御飯できたよ」
リルが夕飯を運んできた。
えーっと今日のメインは…なんだ?
鑑定してみたところ、牡蠣のにんにくバターソテーだったぞ。それとオニオンスープな。
あと、意外な事に飲み物をアイスココアにしてきた。
変わってるな…まあ、気分だろう。
「おう! 美味そう…だが、俺、カキなんて買ってきたか…?」
「…それは私が買ってきたんだよ、えっと…食べたくなっちゃって」
「そうなのか。いただきます」
「…御主人、召し上がれ」
とりあえず美味かったな。
リルはもう海の類のものもちゃんと食えるんだな、よかった。
「…どう? 本で元気になる料理っていうのを見て、作ってみたんだ」
「おお、美味いぞ」
「…ふふ、そっかぁ…」
しばらくして夕飯は全部食い終わった。
俺が先に風呂に入り、そのあとにリルも風呂に入る……が、今日は少しいつもより長い。
まあ、女の子だし、風呂に長く入りたくなる日もあるだろうと思いあんまり気にしない事にしたぞ。
眠る準備をして、ベットに横になって、あとはリルに『おやすみ』と言い、明かりを消せば眠れる状態にしておく。
今日も抱きつかれたり、顔を舐められたりするんだろうか。正直言うと、リルは『大きい』とはっきりと言えるぐらいには胸があってだな……一緒に寝たり、抱きつかれたりするのは俺はあまり得意じゃねー。
慣れたほうが良いんだろうか?
まあでも、それをしてる間は向こうは嬉しがってるんだし…俺自身も正直、嫌じゃないし…なんてな。
どうするのが正しいんだろうな。
そんな男の葛藤を続けていたら、足音が聞こえてきた。
リルが来たな。よし、寝よう。
俺はリルの方を向いた。
「おう…リル、じゃあ寝よ_________は?」
俺は思わず声を失う。
なんでかって?
ああ、リルが下着姿でそこに立ってたからな。
寝巻き着てないでやんの。
裸よりはマシだが…下着って。
つつ…つーかよ…この世界の女性ものの下着って…こう露出が多いっつーか…せ…セクシーというか…?
こんなんだったか? 布面積が、俺がリルに下着を買ってやったその時のものよりもはるかに少ない気がするのは気のせいか…?
まあ、下着の趣味なんて人それぞれだ。
使いにくい、使いやすいがあるだろう。リルにとってはこの下着が使いやすかったんだな。
「お…おお…おやすみ?」
「…………おやすみ」
かなりそっけなくそう言うと、リルは布団も掛けようとせずに俺から少し距離を置いて横になった。こちらにて背を向けて軽くうずくまっている。
えーっと…これはどういうことだろう?
あ…! あれだ、同棲してる彼女や妻が裸や下着姿で部屋の中を彷徨くって話を聞いたことがある。
リルにもそれが来たんだな…ちょっと驚いたが。
だがしかし…この妙に甘い香水のような匂いはなんだろう…? ああ、そうだったリルもやっぱ女の子だからな…香水くらい…や、普通…寝る前につけるか?
あとは…耳が後ろに伏せていて、尻尾がゆるーく左右に揺れている…か。なんなんだろうな?
「リル…どうした?」
と、訊いてみるも返事なし。
ピクッと耳は動くんだがな。
「リル……寝たのか?」
そう言うと、少し首を動かしてこちらに向け、横目で見てくる。すぐに顔を向こうに戻したが、一種見えたその頬は真っ赤だ。
……起きてはいるが…何かあったな。
「大丈夫か? なにかあったんじゃ…」
そう言いつつ、リルに近づいてみる。
そうするとリルは今度は身体ごとこちらに向けてきた。
顔だけじゃなく…胸の谷間なども見える。
そう言うのは見ないように、リルの目だけを見つめるが…なんか目はウルウルしてるっつーか、でもなんか表情は不機嫌に見えるっつーか…。
くそ…なんかこの変な匂いつーか…この変なムードつーか…全部含めてうまく頭が働かない。
「リル? 大丈夫____」
「御主人……来て? …良いんだよ?」
「…………」
俺は黙る。
返答に困った。
ああ、わかってるよ。
わかってんだよ、リルが何を考えてるかは。
だけどな……いや…わかってんだけどよ、マジで。
一線を超えたいと、そう言ってる…態度で示してるわけだ。
だが…そういうわけにはな…。
そう考える理由はリルのことが嫌いとかじゃなく、ほら、地球人である俺が、いつか帰ってしまう俺が、責任なんてとれねーからな。
だからこのままトボけた振りしてやり過ごそうと思ったんだが…ダメだったか。
できればこのまま惚けたままでいたかったが。
「わかってるんだね。もしかして忠誠の証を渡した時みたいに正直に言わなきゃだめかな? 恥ずかしいんだけどね。…ショー、私…ショーと夜伽したい。奴隷としてじゃない、無理矢理とかじゃない…。こ…恋人として…ね? だめかい?」
……どうしたらいいんだ?
とりあえず訊いておくことは山ほど。
「いつからだ?」
「なにが?」
「いつから…その、こうやって誘うことを考えていた?」
「あう…い…言ったほうがいいんだよね? 御主…ショーがその恋人になってくれた時から少しずつ。そしてその…今日デートしてるうちに…やっぱり好きだし…決行しよって…」
そうだったのか。
まだ訊きたいことはある。
「なら、今日の買い物は…? その下着とかを買ったのか」
「わふ…ま、まあそんな感じ。こういうものを揃えたほうが良いって知ったのは…その…前に買った本で読んだで…す」
「そうか」
つーか俺はそんなことを訊いてどうしたいんだろうな?
自分でも訳がわからねーぞ。
「……ショー」
「リル、俺と会ったばかりの時、『初めてだ』って言ってたな」
「あ…はい、言いました」
「なら、いつか去っちまう俺より____なんていうのはあの忠誠の証とやらを渡した時点で愚問か」
「わふぅ…」
リルの顔は見るからにしょんぼりし始めた。
俺が何を言いたいのかがわかるんだろ。
……俺は本当に、どうすることが正しいんだろうな。
このままハメを外しても良いものなのか。
俺は貞操概念が異常なほど固いわけじゃない、有夢みたいにな。
しかし、今、頑なに嫌がってるつーか…なんというか…こんなに身構えてるその理由は俺がいなくなってからのリルが心配だからだ。
「リル、結論から言うと……俺はお前のために手を出さない」
「わふ?」
「俺が居なくなってからどうするんだ? 俺以外の奴と付き合って結婚してとかな…その為には貞操意識はしっかりとしなきゃ…」
「え? そのつもりはないぞ」
即答だった。
「どうしてだよ」
「どうしてって言われても。御主人が帰った後は私…誰とも付き合う気はないし結婚する気もないよ? 高ランクの女冒険者として余生を過ごしていくだけ」
「はあ? 子供とかは…欲しくないのか?」
「よくわかんないけど……御主人との子供なら、今すぐにでも。狼族は『出来る限り優秀な男と交わり、子を残すように』っていう絶対ではないけど、そんな決まりもあるし。そして間違いなく、御主人達が帰ったら御主人以上の男の人なんて居ないからね。わふふ」
ニコニコとした表情でリルはそう言うが、固い決意のようなものを感じ取れる。
つーか…俺との子供が欲しいとか……そう言うこと言われるのって漫画やラノベの世界だけじゃないのか?
現実…なんだもんな。
俺はゴクリと唾を飲む。緊張のためか…あるいは_________
「リ…リルの気持ちは…わかった、とりあえずはな」
「やった…! じゃあ…」
「だがな、リル。俺はやっぱ_________」
「わふふ…夢じゃないんだよね…。誰かのこと好きになるなんて思っても居なかったのに…。こんな素敵な人と大好きな人と初恋で…えへへ。私は幸せだ、とっても…!」
………。
あ、どうしようこれ断れなくなった。
リルが涙を流しながら喜んでるし、なんか身体を擦り付け始めたし…。
どうすればいいんだろうか、なんか俺は一言言えないのか?
「リ…リル? あのな…」
「グスッ…泣いちゃってごめんなさい、ショー! 私、嬉しくてつい…」
「あ…ああ。えーっと…」
「わふ! あ、避妊具はあるよ、一応…ね。本当はショーが帰っちゃう前に子供が欲しいから、そんなもの要らないんだけど。御主人がそうして欲しいっていう時の為に…」
まて、ほんの少ししか訊けないのか俺は、もっと考えろ。やばいって、何がやばいって……何が…えっと…
「御主人…ううん、ショー…大好きっ!!」
そう言ってリルは強く抱きついてきた。
……。
今日はもう一話ありますよ!




