第二百八十七話 リルの完治と翔への心-2 (翔)
「リル、俺はお前を…身体が何らかの方法で良くなったり、一人で仕事できるまで様子をみて、奴隷から解放するつもりだった。だから一生奴隷なんてのは…」
「えっ……あっ…あっ…で、でも…その…奴隷から解放しても…あー…その…ほら、仲間とか友達とか…子分とかっていう関係はできる…だろ? あああ…あ…あの…! 御主人が良いんだったら……その…恋人という事でもっ…」
これって…本当に断って良いんだろうか?
リルは今までになく必死だ。
一緒に居る…友でもいい、仲間でもいい、関係を持ち続けたい。そういう事だろう。
断ったら…リルはまた心に傷を負うんだろうか?
負うんだろうな。もしかしたら全部ぶり返して、また食事が喉を通らなくなるなんて事も…。
なら、断るのではなく、やんわり無理だと伝えるのはどうだろうか。無理なんだ、俺は帰らなくちゃいけない。
叶君と桜ちゃんを探し出して地球に帰らないと。
だがしかし、ちゃんとした理由を言っても信じてもらえる可能性は低い。
俺にとってこの世界がファンタジーのように、リル達にとっては俺たちの世界がファンタジーなんだから。
やんわり…そう、やんわりと。
「リル…一生一緒に居るのは難しいんじゃないか?」
「そ、そりゃあそうだよ。 24時間密着したりするって意味じゃないよ。私が言っているのは一生なにかしらの形で私は御主人に忠誠を誓うって意味で…」
「一生の忠誠…か。俺に一生に一回の出来事を使うなんて…。いいか、リル。俺達は出会ってまだ2週間だ。そんな大事な物を出会ってすぐの人間に渡しちまって後悔しないか?」
「後悔しない」
その即答に俺は思わず黙ってしまう。
リルの意思は固いようだ。
「御主人…御主人は出会ってまだ2週間しか経ってない人間に…だなんて言ったけど…。私から言えば2週間しか一緒に居ないのに、色んな事をしてもらった。だから…御主人に受け取って欲しい」
「俺以上にそれを渡したいって思う存在かそのうち出てくるかもしれないだろ?」
「……2回も私の命を救ってくれる人なんてそうそう居るのかな?」
リルは粘り強い。どうしよう、もういっそ、本当に受け取った方が良いんじゃねーか?
いや…やっぱり…。
……そう、そうだな…隠したりせず、俺がそれを受け取らない理由を言って納得して貰うしかないな。こうなったら。
「リル、気持ちは良くわかった」
「わふっ! じ、じゃあっ…!」
「だがな…俺はどうしてもそれを受け取れない理由がある」
「え…?」
「よく聞け、俺はアナズムの人間じゃない」
俺は、なるべく詳しく、真実味を帯びるように真面目に俺がどうやってここに来たか、前はどういう世界に居たか、なにを目的で活動しているのかを話した。
そして最終的には地球に帰らなければいけない事も。
「_________なるほど…。だから御主人はどこか知識が偏ってたり…その…黒髪黒目なんて滅多に居ない容姿をしてるんだね」
話をリルはちっとも疑う様子なく、信じてくれた。
そもそもこの世界では、髪の毛の色と目の色が一緒な事がものすごく珍しいらしい。
「そういう事だ。つまり、一生一緒に居るなんて無理なんだ。だからそんな貴重な物…俺は受け取れない。あ、言っておくがリルが嫌いなわけじゃ無いぞ」
「……御主人、何か勘違いしてないかい? 私はこれを忠誠の証としてわたすんだよ? 『一生一緒に居たい』って意味で渡すんじゃなくて『一生一緒に居て忠誠を誓うつもりでいる』っていう意思表示なんだ。思ってるだけなら御主人がどこに居ようと関係ない。私にとっては御主人っていう尊敬できる人がこれを受け取ってくれる事に意味がある」
一生の忠誠を誓うつもりの意思表示……そうか。そういう事なら受け取ってもいいかもしれない。
リルは毛頭も俺で後悔は全くしないみたいだし…。
本当に俺で良いのか? つまりリルにとって特別な存在になるって意味だろ? 違うな、特別な存在だからコレを渡すんだっけ?
「もう一度訊くぜ? 本当に俺で良いんだな」
「うんっ!」
リルはニッコリとした笑顔で頷いた。
「わかった、じゃあ____」
リルが持っているその証に手を伸ばそうとすると、リルは片方の掌を俺に向けた。
「待って、コレを渡す時のちゃんとしたポーズがあるんだ」
「お、おう」
リルはまた土下座をし、貢物を差し出すように手を俺に向けた。その掌には忠誠の証が乗っかっている。
俺はそれをを崩れないように恐る恐る触れ、手中に収めた。手に血が付いた。
「わふ。これで忠誠の証の受け渡しは終わりだよ! 晴れて私は御主人に一生の忠誠を誓うよ」
「ああ…。ところで土下座がポーズだったんだな…」
「うん。大昔はディープキスしながらだったらしいけどね。同性でもコレの受け渡しはする事あるから…」
「お、おう。そうなのか」
リルのお願いは聞いた。
本当にこれで良かったのかまだ迷っている自分が居るがら、受け取ってしまったのだから仕方ない。
俺の最終目的も話してしまったし……この流れでリルを奴隷から解放しても良いかもしれない。
「リル。なら俺も一ついいか?」
「なんだい。忠誠を誓ったからなんでも聞くよ。なんでも」
「おう。これなんだが…」
俺はリルを奴隷として貰った時の契約書をマジックバックから取り出した。
「それ…御主人の私の契約書だね」
「ああ、これを俺が破ったらリルは奴隷から解放される。言いたい事はわかるな。どっちみちいつかはしなきゃいけない事なんだ」
俺が帰る前にこれを済ましておかないと、リルはその世界に居ない俺の奴隷としてずっと居る事になるからな。
「うん……。御主人、質問良いかな?」
「良いぞ」
「その…私が御主人の奴隷じゃなくなっても…御主人は帰るまで、一緒に居てくれるかな?」
上目遣いをしながらそう訊いてくるその姿はまるで狼じゃなくて犬のよう。
まあ狼も犬みたいなもんだしな。
「ああ、そのつもりだ」
「わふー! ありがとう」
「じゃあ…破るぞ」
「……うん」
俺はその契約書を破った。
その瞬間、その契約書は光だし、リルの紋様が付いている方の肩も光りだした。
リルは服はだけ、自分の肩を見た。
例の奴隷の紋様は綺麗さっぱり無くなっていた。
「これで私は御主人の奴隷じゃなくなったんだね」
「もう対等みたいなもんだからな。御主人って呼ばなくても良い」
「し……しョ…ョ。…やっぱり御主人のままじゃダメ?」
「…リルの好きなように呼べば良いぞ」
「わかったよ御主人!」
やっぱり俺もこう呼ばれる方が慣れてるんだろうか。
無理に治さなくても少しずつ…な。
手に持っているリルの忠誠の証を、綺麗に破った契約書にくるみ、1番最初に手に入れた鍵の箱の中に丁寧に入れた。
これで一件落着した訳だが…俺、実はまだ訊きたいことがあるんだ、これが。
「ところでリル」
「んー? なんだい御主人」
リルはとても嬉しそうだ。
こんな姿を見ると、受け取るのは間違いじゃなかったんじゃないかと思う。
まあ、まだ話は続くがな。
「説明中に言ってた…求婚だとか恋人だとかってのは…つまりどういうことなんだ? 俺が好きって事か?」
「わふっ!?」
俺のその突然の質問に、一段落済んだと思っていたであろうリルは、目を見開いて固まった。
口もニヤけたまま動かない。
「えっ…と…。御主人とそういう関係でも私は別に良いよ…って事で…す。狼族の中にはそういう意味でアレを渡す人もいるから」
口がニヤけたままなのにリルは器用に喋っているな…。
それにしても恥ずかしいな、俺。
この勘違いは恥ずかしいぞ!
「なんだ。リルが俺の事をそういう意味で見てるのかと思ったぜ。少しな。俺の自惚れだったな」
「わふぅっ!?」
リルはさっきよりもさらに目を見開いた。
なんなんだ…俺はそう思ったから訊いてみただけなのに。なんで驚いているんだ?
気持ちを伝えられないまま死んだ誰かさんの二の舞にはなりたくないからな。とりあえずそう訊いてみたまでで。
結果は俺の自惚れだった訳だけど。
「どうしたんだよ、リル。なにか問題でもあったか?」
「わふ…わふ…御主人は私の事どう思ってる? …す…好き?」
まぁ、話の流れ的に『人として』という意味だろうな。
「まあな」
嫌いだったら助けた後にさっさと奴隷から解放して、しばらく暮らせるくらいのお金を渡して別れてるし。
「!? そ、そうなんだ! そうなんだ! 御主人…それなら…あのね?」
「ん?」
「私…御主人の事好き。その…恋愛的な意味で…」
「へ…?」
俺の頭の処理が一瞬だけ遅れたせいで変な声で返事をしてしまった。
えーっと…リルは今、俺に告白したのか?
突然の告白…? いや…突然じゃないか。
あー…あれ? つまり俺は自惚れじゃなかった…のか?
まさか本当だったとは。
どう返事すれば良いんだろう。美花に女装させられた有夢が冗談で俺に告白の真似をしてきた以外で経験がないからわからない。
俺はどうしたらいい?
「御主人…。御主人がそのチキューって所に帰らなきゃいけないのはわかってるんだが…あの…居る間だけでいいから、私とお付き合い…して欲しい…」
ここでOKしたら俺はリルと付き合う事になるんだよな。そうだよな。
…どうしよう、『この世界に居る間なら良いだろ』という自分と『別れがめっちゃ辛くなるから止めておいたほうがいい』という自分が居る。
もうちょっと…情報が…欲しい。
「リル。俺の…どこが良いんだ?」
「どこが…か…全部好きだよ…だけど、強いて言うなら私を助けてくれる優しいところかなっ」
「あ…いや…うん、あ、ありがとう…」
うわぁ……どうしよ…断りたくねー…。俺にこんな可愛い子が告白してくるなんて地球じゃありえねーんだよな…。
さらに加えて『別れが辛いのは今も同じ』とかいう新たなワードが参加してきた。
リルが迷っている俺の顔を少し覗き込む。
そしてすぐにリルのその顔はションボリとした悲しそうな顔に変わっていった。耳もへなっている。
「御主人…? やっぱり元奴隷の私じゃ無理かな? そうだよね…ごめんなさ___」
「いいぞ」
「ほ…本当? 私なんかと付き合ってくれるの?」
「いいぞ」
は~…言ってしまった………。
リルが諦めてしまう前に言ってしまった。
完全に心の中で決める前に、この口が勝手に許可を出しやがった。
「わふうーっ!! 御主人っ! 御主人っ!!」
リルは俺に思い切り飛びついて来た。
完治した尻尾はそれこそ付け根ごと吹っ飛んで行ってしまいそうな勢いで振られている。
まあ…これで良かったのか…な。
_____
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「御主人、これから…短い間、よろしくお願い申し上げます」
「こ…こちらこそ」
しばらくして落ち着いたリルは再度、俺にとても深く頭を下げた。
これはリルの性格じゃなくて、こういう事をしてしまう種族らしい。
「わふ…ちょっと休んだらダンジョン…デート…したいな。御主人」
「お、おう。しような」
ダンジョンに潜るのをデートと言うとは…。
その前にステータスを確認するか。
「リル、ステータスを確認してから行こう。管理しなきゃいけないくらいにレベルが上がってるかもしれねーし」
「そうだね…じゃあみ____」
リルは目を見開いて固まった。
今日は本当によく固まる。
あの驚き様だと、結構レベル上がってるのかもな。
俺もリルに続いてステータスを開いた。
たしかに…これは…と言いたくなるぜ。
数分間、身体が驚きで動かなかったぜ。




