第百六十八話 契約不成立
「というわけだ………俺は……エルを救うために…メフィラド王国を裏切った」
ヘレルは申し訳なさそうにそう言った。
「へぇ、そうかい。俺らが知ってる物語の裏がそんな風になってたとはね。ふっ……なんだか、俺の知り合いにあんた、似てるよ」
「そいつも国を裏切ったのか?」
ギルマーズはその問いに首を横に振る。
「いんや、相手を想うってことに関してだ。そいつは一人の奴隷を自由にするために、この国から奴隷の制度そのものをなくしやがった」
「そうか……そいつは俺と違って凄いのだな……同じ他者を想うことだというのに、そいつは多くの人を救った。しかし俺は…結局…」
ヘレルは再度、目に涙を浮かべた。
悔しそうに、唇もかんでいる。
「確かに、あんたが国を裏切ったのは勇者として許されることじゃないぜ? だが…」
「だが……?」
ヘレルとギルマーズは互いに一瞬、無言となったが、ギルマーズは再度話し始める。
「人としては……俺は間違ってない気がするんだよ」
「……そうか…」
ヘレルはゆっくりと、感慨深く今までを振り返るかのように、瞼を閉じる。
「俺は………どうするべきだったのだろうか」
「さぁな」
ギルマーズが答えた時、周りにどこからともなく煙が立ちこめた。
そしてその煙はだんだんと人の形を作っていく。メフィストファレスだ。
「負けたのですね…ルシフエイルさん、いえ、ヘレルさん」
それは今までのメフィストファレスと違い、妙に人間ぽさが含まれた喋り方であると、ルシフエイルはそう考えた。
「その魔力…お前も幹部だな?」
そう言いつつ、ギルマーズはメフィストファレスに向かって剣を構えた。
ギルマーズとルシフエイルの闘いが終わり、ホッとしていた他の者らも武器を構える。
「そうですよ、ですが今、俺は闘いに来たのではありません、少し…この男と話させてください」
そう言いつつ、メフィストファレスはどこからともなく紙を取り出す。
ギルマーズや周りの者たちは構えるのを一旦やめた。 メフィストファレスから真剣味を感じたからかもしれなあ。
「ルシフエイルさん、わかってますね?」
「あぁ……」
身体のどこかを動かそうとせず、ヘレルはポツリと答える。
その様子を見たメフィストファレスは頷き、紙を破った。
「これで、貴方は死にます。『人間との闘いに負けない』という契約内容の1つが不成立ですからね」
「わかっている」
「そうですか………」
メフィストファレスは唐突に、ヘレルに向かって頭を下げた。
「実は…貴方に謝ることがあります」
「なん…だ?」
「俺の契約能力では人間を生き返らせることはできません……実は貴方の愛しの人を生き返らせるなら、悪魔として生き返らせてました」
「そ……う…か…」
そう言われたヘレルであったが、口をニヤリと緩ませた。
誰が見ても笑っている。
その笑いは何故か、幸せそうに見える。
「どっちにしろ……無理だったんだ……今更、そんなこと知っても怒る気にもなれない」
「そうですか……ですが、これは私からの謝罪の気持ちです」
メフィストファレスは地面に手をつけると、そこには黒い影が出来た。
あの、魔物を呼び出している時の影と同じように見える。
そこから、一人の女性の死体が浮かび上がってきた。
それこそ、エルである。
300年も前の死体だというのが嘘であるかのようであり、見る人が見れば眠っているように見えることだろう。
そしてその死体をメフィストファレスは持ち上げ、横たわっているヘレルのすぐ横に寝かせた。
「最後だから…か? メフィストファレス、お前……そんな性格だったか?」
「違いますよ、貴方と俺には共通点がある。故のサービスですよ」
「そうか…………」
ヘレルはエルの死体を抱きしめた。
と、同時にルシフエイルとしての羽が消えていく。
周りの者たちは魔力が感じなくなったこと、もう1つ…ヘレルが死んだことに気づいた。
____メフィストファレスは広角を異常なまでに釣り上げ、笑った。
それはメフィストファレスを知っている者が見れば、いつも通りだと答えるだろう。
「さぁて! 私以外の幹部は全員死にました!」
味方のことなのに、さも嬉しそうにいうメフィストファレスに企みを感じたギルマーズは問いかける。
「どういうことだ? お前」
「ん? まぁ、貴方には理解できませんよ、でも、これから確実に面白くなってまいりまぁぁす!」
そう言いつつ、どんどんとメフィストファレスの身体は煙化していく。
ギルマーズが斬りかかったが、その攻撃は鎌によって防がれた。
「ちっ…」
メフィストファレスは尚も笑い続ける。
全員は煙となり、すでに何処かへ散ってしまった。
そして、去り際に意味深な言葉を1つ、ポツリとつぶやいた。
もっともそれは誰の耳にも聞こえなかったのだが。
「やっと、帰れる! もう少しだ……」




