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頭脳派が鍛える理由 (叶)

 俺、成上叶にはアナズムに来てからの日課が一つある。


 それは筋トレ。主な理由は三つ。一つは翔さんのムキムキに憧れて、次にエグドラシル城で桜を抱き上げるのに手間取ったため、そして三つ目はれっきとした男性の体をつくるためだ。


 この世界に来てからひっそりと続けていたため、今ではそれなりに身体が絞れてきた。桜をお姫様抱っこして階段を駆け上がるのだって造作もない。


 ウチはお父さんと兄ちゃんの身体が、男性器と思考以外が全て女性とほぼ同じもので出来ているという超特異体質一家。生物学的にはファンタジーと言っても過言ではない。

 ……正直、そうなった理由は薄々わかっている。お父さんと俺が所属している研究機関の実験の一つというわけだ。


 まあ、本人達が幸せそうだし、お父さんに至っては恐らくそれに気が付いてる上で日本支部で一番偉い人をしてるわけだから、俺がつっこむ話じゃない。


 話は逸れたが、そんな一家の中で俺は唯一、ちゃんと男の身体を持っている。実験が完全ではなかったのか、あるいはIQに対する研究がメインなのでわざわざ別の実験を重ねる必要がなかったか。どちらにせよ俺にとってはありがたい話だ。まあ……筋肉が付きにくい体質であることは変わらないけど。そこは努力と科学で何とかなる。


 俺は、桜を守る騎士でありたい。だから今日もこうして体を鍛え、男らしくあり続けるのだ。



「……何してるの?」

「筋肉トレーニング」



 その現場を、桜に見られた。別にこの愛しのフィアンセに筋トレを見られるのはいい。そもそも桜は俺のこの新しい日課を認知している。

 ただ、俺が厨二病ゆえに咄嗟にとってしまった行動はいささか問題だと言わざるをえない。



「筋トレっていうより、逆立ちじゃない? それ」

「ふっ。我ともなればこの力で大地を持ち上げることも容易いのだよ」

「はいはい」



 そう、張り切りすぎて自分の限界を超えてることをし始めたのだ。

 IQ200以上を誇る俺でさえ、好きな人の前では格好つける。これは雄として生物学的に正しい行為なのだろう。それはいいとして、めっちゃきついのが問題なんだ。



「無理しなくていいのに」

「この我が、これしきのこと、無理などぉ……」

「ほら、支えててあげるから怪我しないように倒れてね」

「ありがとう……」



 桜に脚を支えられながら、ゆっくりと俺は地面に伏す。なんとかうつ伏せの体制になれた。ここから腕立て伏せしたら今の格好悪いの誤魔化せるかな……。

 そう考えていると突然、今の俺と同じ体勢で、桜が覆い被さる形で上に乗っかってきた。



「ぎゅっ」

「やめときなよ、今の俺は汗だくだよ」

「そんなの気にするような仲じゃないもん」

「まあね」

「リルちゃんがね、翔さんが筋トレしてる間、こうやって乗っかったりしてお手伝いしてるの、知ってるでしょ?」

「もちろん」

「丁度いいし、私も真似しようかなって」

「別にいいけど……」



 正直、まだ俺には人一人支えながらトレーニングするのはきつい。だから本当は良くないけど、そう答えるしかない。


 桜だってそのことはわかってるはず。いやそもそも、リルさんのその自称お手伝いと、桜のこの真似事の本来の目的は、自分のパートナーに抱きつきたいだけ。本当は筋トレできなくても構わないんだろう。


 無論、桜が俺に甘えたいっていうならそれに付き合う方が筋トレより何百倍も大事。このノリに答えようじゃないか。このまま腕立て伏せを始めるとしよう。



「ふふふ」

「いち……に……」

「重たい?」

「全く!!」

「まあね、重たいって言われてたら傷ついてたわよ。私もリルちゃん式のトレーニング皆んなと一緒にしてるから。余計な脂肪とか今ほとんどないし。……本当にキツくなったら言ってね?」

「うん」



 つまり桜も、俺と似たようなことしているんだ。実質的な夫婦だけあって思考回路もよく似てる。

 だからお互い本当はわかってるんだ、こうして鍛えたりして身体を作らなくても、不健康体にさえならなきゃ、相方にとってそれで十分なんだろうって。


 そうわかってても、俺達は同じことを繰り返す。なぜならもっと好かれたいから──── 。


 なんてね。本当は適度な運動としてちょうど良く、健康管理として機能してるし、見た目の最適化は同性に舐められないようにするためでもある。なにも桜のことだけを考えて鍛えてる訳じゃない。続ける意義はちゃんとある。


 それでもたまにふと、続ける意味を考えてしまうのは、人間というものによる本能的で怠惰的な思考と、本当はこの時間をパートナーとのいちゃつきに当てたいという欲望によるものだろう。


 ……なんで運動一つでこんなごちゃごちゃ考えてるんだか。実に不合理だ。いくらこう、桜に抱きつかれてる状況から理性を保つためとはいえ。



「じゅう……じゅういち……」

「なんか色々考えてそうな顔してる」

「じゅに……え、そう?」

「本当にやりたいことに集中すれば良いのにー。ふふ、私が抱きついてるから集中できない?」



 さすが、見透かされている。

 でも今、確かに桜は本当にやりたいことに集中すべきだと言った。ならその言葉通りにしよう。今日はもうこんなことやめだ、やめ。



「じゃあやりたいことに集中するよ」



 俺は桜が怪我しないよう背中にしがみつかせたままでゆっくり立ち上がり、彼女を床に下ろす。そしてすぐさま正面から抱きついてみせた。



「えへへー」

「……四六時中こうしていたい」

「なんならこのまま押し倒してもいいんだよ?」

「まだだって、それは。我慢してよ……。高校入学までもう一年切ったんだから」

「……そっか。そういえば私、リルちゃんのトレーニングとかエクササイズとか続けてるの、体力つけて本番で叶とたっぷりするためでもあるんだ。着実に私、持久力ついてるから……今こうして焦らしてる分、本番は覚悟しててね」



 え。なにそれ、そこまでは考えてなかった。

 ……鍛える時間、倍に増やした方がいいだろうか。






 

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