病んでる日 (美花)
「ふぁああ……ん……」
目が覚めた。昨日も激しかったため、いつものように身体の節々が軋む。最初の頃はこの残る気怠さの良さが分からなかったけど、いまはこうして楽しめる。大人に成長するって、こう言うことなのね。……いや、違うか。
なんてことを一人で考えながら、有夢の方を見る。相変わらず寝顔がこの世の物とは思えないくらい可愛い。つまり、今日先に起きたのは私であり、朝食を作るのも私。有夢に最高に美味しいコーヒーとモーニングをご馳走しなきゃ。
ひとまず裸からまともな格好をするためにベッドから出ようとした、その時。私の手首が力強く掴まれた。
「わ! な、なに!?」
「……いくな、美花」
「え、え?」
アナズムに来る前のような、その声帯に似合わない男の子らしい口調で眠っていたはずの有夢が喋った。加えてこの少し強引な引き留め方……。
アリムに成るようになってからは男性態でも「ふぇえ」とか「ぷくーっ」とか、行動や口調が並の女の子よりふにゃふにゃするようになったのに、こんなのすごく久しぶり。むしろ新鮮。
「ここにいて、行かないで」
「う、うん。いいよ?」
有夢が私に居て欲しいって言ってるんだ、断る理由はない。
私は再びベッドの中に潜り込みなおし、ついでに有夢をその中で抱きしめた。すると、有夢は強く強ーく、何か想いを込めてるかのように抱きしめ返してくる。少し胸が苦しい。
「ん……えへへへ、今日は強引だねっ。でもそう言う有夢も大好きっ」
「……ごめん、美花」
「な、なにが?」
「俺、美花のことわかってあげてなかった」
「え?」
有夢が私のことわかってない……? いや、そんなことはない。私と有夢はお互いにお互いのことを知り尽くしてる。精神的にも肉体的にも、隅から隅まで。
例えば、今私が食べたい物とか質問したとして、有夢がちょっと時間をかけて本気で当てに来たら、確実に当てられる。それを有夢自身も理解してるはずなんだけど、どうしてこんなこと言うんだろう。なんかいつもと雰囲気が違うのと関係してるのかしら。
「ど、どしたの? 私が寝てる間になんかあった? 有夢ほど私のことヒャクパーセント知り尽くしてる人なんて居ないでしょ?」
「美花が、何故か俺が死んでしまった時の事を思い出して、一日限定で病んでしまう日がたまにある」
「う、うん。ごめんね、その日はすごく迷惑かけて……」
「今日は俺がその日だ」
「……!」
私が病んでしまう日。
有夢がいないあの期間が頭の中でぐるぐる巡って、目の前で生きてる有夢のことを度外視して、ずっとそのことばかり考えてしまう日。みんなに迷惑をかけた最低な私が蘇ってしまう日。
認めたくないけど、確かに私にはそういう日が稀にある。今は幸せいっぱいなのに、実に不可解。そして、その日はいつもより有夢はすごく、すごーく私のことを愛してくれて、私のことを大切に丁寧にケアしてくれる。
……つまり今日はそれが有夢の番ってこと? こんなの初めて。私は病む日が何回もあったのに、有夢は一回目。逆に今まで何故なかったのかそれもまた謎。
今は、とにかく。
「わかった。私にできることはなんでも言って」
「……いつも俺がしていることを、美花がしてくれればいい。居て、俺の横に」
「うん」
もっと密着するために足を絡ませる。これ以上は物理的に無理ね。この格好で丸一日過ごしてれば大丈夫……かな?
あれ、でも病んでる時の私って会話すらまともにできない気がするんだけど。有夢は普通にやり取りできてる。有夢の方が精神的に強いからなのかな。
お互いの心臓と音が聞こえるくらい、静かに、ぴったりとくっついて何もせず一時間ほど過ごした頃。有夢がポツリとつぶやくように話し始めた。
「……トラウマだ」
「トラウマ?」
「寝ている最中、美花がサマイエイルに殺されて冷たくなった時のことを嫌というほど繰り返し見た」
「……そっか」
私は死んだ時の間のことは知らないけど、たまに見せる反応や、未だに実際味方になったサマイエイルに対して根深く恨言を言うサマから相当有夢の心を傷つけたのはわかる。なにせ、お互いが存在してれば永遠に死ななくなるし封印もされなくなる指輪を渡してきた程だもの。
有夢は、まるでおじさん……自分の父親のような研究者風の口調で喋り続けた。
「この夢、いわゆるトラウマ夢を見るのはなにも俺達だけじゃない。翔もリルちゃんが灰になって死んでしまった時のことを、リルちゃんも翔と出会う前の日々を、この夢のせいで思い出して、ぶり返して、一日中病むことがあるらしい。翔は強いから表に出さないみたいだけど、それでも、俺に吐露してくれたことがあるんだ。そして美花だ。美花もこの夢を見て、そのせいであの病んでる日が出来上がる。その感覚がやっと理解できた」
「……うん」
「おそらく負の強い記憶すなわちトラウマと、自身の精神力が数値となって具現化したMP、つまり魔力が結びついてこんなことになってる。そもそも俺の考えが正しければ、MPのせいでこの世界は変な夢を見る確率が高くて……いや、それは今はどうでもいい。美花、今の俺って割と普通に会話はできてるだろ?」
「できてるね」
さっき私がちょうど気にしてたところだ。こんな状態でも有夢はわかってるらしい。やっぱり地頭の良さは私なんかよりおじさんや叶くんの血が通ってる有夢の方が何倍も良いのだろう。まあ、そうでなきゃこの世界で易々と生き残れたりしないわよね。
「おそらく、トラウマの度合いによって狂乱の仕方が違う。正直言うとあの日の美花ってほっておけば自分で死んじゃいそうなくらい……」
「うん、わかってる」
「ごめん。つまりだ、最初に言っていたような俺が美花に対してちゃんと理解してあげられてなかったこと、それは。俺を失ったことに対することへの悲しみの深さと辛さなんだ。美花は普段この状態になる時、今の俺の何倍も辛く感じてる。深く深くあれがトラウマになってるから。……今までただの発作的精神疾患程度に考えて、適切に、適切にと慰めていただけの俺自身が……憎くてたまらない」
「や、や! 大丈夫、対応は完璧だよ! 心配しないで、ね?」
「ありがとう美花。そもそもアムリタがあって美花がちゃんと復活することがわかっていた俺と、実際に俺が死んでしまったはずだった美花とではこの度合いが違う。そう考えると、病む日の美花のあの変貌は当然なんだ」
有夢は私の頬をなめまかしく撫でた。そして、病んでるはずなのにすごく色気のある声と表情でこう言った。
「美花の言葉をいつものように借りるけど、俺は美花のもので、美花は俺のものだ。それは今までだってそうだった」
「うん」
「……ただ、今日は美花の本当の苦しみを知ったんだ。だからもっと、俺は美花のものになれたのかな」
「もちろん!」
「……そっか」
そして有夢は私に口づけをした。今日はもうこのまま、この体勢のままずっと居て欲しいという思いが伝わってくる。言われなくてもわかる。私達は、そういう仲。
お久しぶりです。
本調子じゃないのでまた期間開くと思います、すいません。




