第千七十四話 故郷への執着
「それで話を戻すと、結局のところどーなったの?」
【とりあえず拙者が勝って、シヴァを封印したでござるよ】
「なるほどねー」
【これが大体、拙者が三十路ぐらいの時のことでござる】
あれ、三十路? たしかシヴァを地球に置きにきたときって、すっごくおじいさんなんじゃなかったっけ。言い伝えではそうだったはず。つまりシヴァを倒してすぐに地球に置きに来たわけじゃないってことだよね。そこんとこはっきりさせよう。
「ボクが聞いた話だと、地球に幻転地蔵を置いた時はおじいさんだったはずだけど?」
【そうでござる。拙者が地球に帰れたのはそれから四十年後だったでござるよ】
「そうなんだ」
【まぁまぁ、順を追って話すでござる】
シヴァを封印してから、日本に戻って放置するまでの四十年間は英雄としてちやほやされながら過ごしたらしい。俺が今かなりちやほやされてるから、それと同じような状況だったのかと問えば、スルトルが『アイドルみたいなことはやってない』と勝手に答えた。なるほど、そりゃそうだ。
とりあえず女の人をはべらせたり、美味しいものを飲み食いしたりしたらしい。むしろ、英雄になってからお仕事たくさんしてる俺たちの方がおかしいみたいなこと言ってきた。たしかにそうかも。
まあ、普通の男の人がお金や権力を持ったらやりそうなことをやったわけだ。ちなみに面倒なので結婚は考えてなかったみたい。
【……そして拙者は、寿命が尽きる時が来た。死ぬ間際に自分の人生を振り返っていたのでござる】
「え、死んじゃうの?」
【いや、正確にはその時には死なぬのでござるが。寿命で死んじゃうのかもなーって思う時が来たのでござるよ】
「七十代前半だよね? ポーションもあったからいくらでも生き延びられるはず……」
【なに、現代では寿命伸びてるのでござるか? それは良いことでござるな。しかし拙者、延命などは考えなかったでござるよ。無粋なことはしたくなかった。人として、死にたかったのでござる】
俺は思わず口を閉じた。……少なくとも俺とミカは、ずっと延命してずっと二人で過ごすつもりでいた。翔や叶達が寿命を受け入れるという選択をするかもしれない、それでも受け入れて自分たちは生きていようなんて話し合ったこともあった。ずっとラブラブしていたいからね。
わかるんだ、俺とミカがここまでラブラブなのはなにも若いからじゃない。たぶんずっと、永遠に続く。だからこそ地球やアナズムに人間が俺たち二人だけになっても生き続けるつもりだったのだけど……こう、はっきり人として死ぬって言われると弱っちゃうなぁ。
【む? どうかしたでござるか? アリム殿もミカ殿も、なんだか急に顔色が】
「あ、ああ、こっちのこと! 気にしないで。ね、ミカ」
「う、うん……」
【ならば良いのだが。しかし拙者には一つ、願いがあった。それは一度でいいから故郷に帰りたいという願いでござる】
なるほど、たしかに七十代になるまでずっとアナズムにいたってことだもんね。幻転丸といい、光夫さんといい、何十年と地球に帰れなかったら、そういう欲求が爆発するんだろう。……俺もミカに会えなかったら病んでたからね。どうしてそうなるのかな、やっぱり元の世界っていうのはそれほど大事なんだろうか。
【そして拙者は、死ぬ間際に……アナザレベルに話しかけられたのでござる】
「ふぇ、実際会ったってこと?」
【いや、メッセージでござる。彼と取引をして拙者は地球へと戻ったのでござるよ】
「取引って、どんな取引?」
幻転丸はゆっくりと、その取引内容について話した。
まず、地球に一日だけ戻らせてあげることを条件に、アナザレベルは主に二つのことを要求してきたという。一つは今まで封印した魔神のうち一方を地球においてくること。そしてもう一つは、あくる日が来たら自分の兵隊として戦うこと。たぶんそれが今回なんだと思う。
お地蔵様っていうのは幻転丸のアイデアで、晩年、趣味で始めた石工の技術を駆使して、地球にいた頃のそれを思い出して作成したらしい。魔神を封印するアイテムは全部武器だから、武器をそのまま置いていくわけにはいかないもんね。
そういうわけで欲求を飲んでしまった幻転丸は、死んでから今日までアナザレベルと契約中の状態であったという。
【お前、武士だのなんだのと言っておきながら、あんな奴と契約したのか】
【……今思えば愚かだったでござる。しかし、それほどに、拙者は地元が恋しかった。死ぬまでに、死ぬまでに一度は……帰りたかったのでござる】
「なんか、みんなそーなるよね。ね、光夫さん」
「え、ええ。……正直、一度その思想にとりつかれたら病的なまでに地球に執着するようになりますよ」
【正直、日本とアナズムを行き来できるアリム殿達が心底羨ましい。どうきてお主らは行き来することができるのでござるか? 仮に、アイテムマスターだったとしても、別の世界同士をつなげるなんて……!】
なるほど、そう考えたら俺ってすごいのかも。精神が不安定じゃないのもそのおかげだね。アイテムマスターでよかった……って、単純に考えていいのかな?




