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第千六十話 武の道

 幻転丸は刀を構える。俺も構える、もちろん素手だが。これから試合が始まるんだ。向こうから『死合い』ではなくしてくれたが、刀で斬られるのは痛い。あの痛さは経験済みだ。さて、どうでるか。刃物自体に恐怖は感じないためいくらかは戦いやすいだろうが。



「すぅ……ふっ」



 侍が目の前から消えた。早すぎて見えない動き。ステータスはたぶん俺の方が上なのだろうが、まだ本領を発揮していないため出遅れてしまった。有夢の名付けたゾーンとかいう状態にもなれない。

 だが、なんとなくわかる。木々の配置や草が擦れる音。喧嘩や武術で鍛え上げた経験が教えてくれる。右だ。



「ほほう! やるでござるな」

「あぶね……」



 俺はとっさに右を振り向き、斜め前へ移動した。相手は実力者だ。左へ下がれば二撃目が、前から後ろに良ければ薙ぎ払いが待っていただろう。こうしてわざと刀の刃に触れない相手の手元に来れるよう移動することが一番安全。そして、懐に潜れることにもなる。そう、懐こそ俺のステージだ。



「おっと!」

「ちっ……」

「柔道で戦うのでござったな。……ふむ、お主ほどの腕前。掴まれたら即座に終わりだと思った方が良いでござろう」

「いや、別にスキル使えば……」

「まあまあ、スキルを使うのは後半戦。今は互いの素の実力を図りあって楽しむでござるよ!」



 こいつ、マジで楽しんでやがるな。あの至近距離で平然と俺の掴みを払いのけやがって。俺と同じ程度かそれ以上練度の柔道家以外は初見でかわしたことがないってのに。ボクサーにだって通用したんだぜ。……まあ地元の不良だから本物のボクサーかどうかは知らねーけどよ、そいつ。

 だが……そうだな、今城で有夢達が頑張ってるのに対しこんなこと考えると申し訳なくはあるが、強いやつと戦えるのは楽しいかもしれない。

 侍はかなり軽い足取りで俺から距離をとる。だが、見るからに絶妙な距離だ。刀の刃先は俺に触れる。ダメージの蓄積狙いだと見た。相手は俺が刃先を嫌がって下がれば追撃でき、攻撃するために突っ込めば刀の腹で斬りつける。あるいは少し後退してこの距離を保ってくるだろう。



「さぁ、状況は把握できてるでござろう? どうするでござる?」

「……やるさ」

「そう来なくては。さあ、どうするで_________」



 俺は幻転丸がしゃべっている間に突っ込んだ。口を閉じ、ここぞとばかりに奴は刀を振る。だが俺は先にステータスの高さを生かして手元を掴んでいた。刀は振らせない。



「良いでござるな」

「……いくぞ」



 俺はそこから襟首を掴み投げの姿勢に入る。柔道ことは幼い頃から毎日毎日練習している。有夢と遊んだ日も、ミカと有夢と三人で出かけた日も、旅行に行った日も、リルとデートした日も、全て。反復して積み上げてきたものは、やがて自分にとって『当然』となる。俺がまるで呼吸をするように、まるで歩くように、一瞬で相手を投げ飛ばすのは……当然のことだ。



「はやいッ!!」

「おおおおおおおお!」



 今まで生きてきてずっと磨いてきた技、確かに決まった。あとは相手を思い切り容赦なく地面に叩きつけるだけ。だが、侍は余裕そうだった。いや、実際余裕だったのだろう。

 なんと投げられてる最中に良いタイミングで俺の顔面を蹴飛ばし、一瞬怯ませ、自分から地面に落下。衝撃を和らげるような動きをしながら転がり、大したダメージなく俺の元から離れてしまった。



「今のはよかったでござるよ!」

「いけたと思ったんだがな……」

「拙者以外だったらいけたでござろうな。ま、仮定は仮定でござる。続きを楽しむでござるよ」



 今のを咄嗟にできるあたり……あいつは全然本気出してねーな。俺に本気出せと言っておきながら。まあいい、よく考えたらこの戦い、勝つ必要も負ける必要もねーんだ。要するにこいつを有夢達の元に行かせないよう時間稼ぎをすればいい。こいつ自身で俺のことは殺さないと言ったわけだしな。頭に血が上ったら負けだ。冷静に、ただ、負けるのは嫌だから勝つことを考えよう。

 どうにも俺は熟練のサムライ相手だとカウンター気味に攻撃した方が良いようだ。だがそればかり狙っていては早い段階で気がつかれる。しかし、どうあれに対して自分からまともな攻撃、せめてさっきみたいなチャンスを作れるようにすればいい? ここが、武道を極めてきた人間としての見せ所かもしれねーな。



「うおおおおおおおお!」

「む? また突っ込んでくるでござるか」



 相手が剣を振る方向はわかる。よく考えたら俺はまだ相手の攻撃を一度も食らっていない。俺が惜しい場面はあったが、まだあいつは攻撃できていないんだ。臆する必要はない。きちんと攻撃手順を読んで、仕掛ける。



「これはどうでざるか?」

「……っ!」

「ほほー!」


 

 いつのまにか剣を鞘にしまっていたのか、時期を見ての居合い斬り。本物の侍の居合斬りは半端じゃない迫力で、俺はつい、剣を振ってる最中の腕を掴んじまった。目では見えない。たぶんステータスなしでも音速より早かったはずだ。なのになぜ。



「よくぞこんなことをできたでござるな」

「自分でも驚いてるよ……」

「壁一つ抜けたということでござる。祝うでござる、お主はまた一つ強くなったでござるよ」



 どうやったかはわからないが、こいつのいう通り確かに俺は……今また、少し強くなれたのかもしれない。

 

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