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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐3



 翌朝、僕は眠い目をこすりながら馬車に揺られていた。

 通学路である。

 当然、魔術学院に入学したのだから、朝起きて身支度を整えたら通学するのが当たり前だ。

 ――ですけれど、授業初日から一睡もせずに登校、というのはさすがに素行不良ですわよね。

 昨日の夜は、いろいろと面倒なことがあって、寝ずに終わったのだ。

 それもこれも、馬車の対面座席に座ってすやすやと寝こけているシャーマンのせいである。


「……寝てれば結構神秘的な感じで可愛いですのにね」


 口を開けばクレイジーだ。どうしたものか。どうしようもないか。

 ふう、と息を吐いて、目を瞑る。

 思い返すのは、昨日のこと――。

 料理自体初挑戦だとのたまった馬鹿との会話だ。





 ☆





「どうやってラーメン作るって言いますのよ、それで!」

「大丈夫だよ、なんとなくラーメンの作り方はぼんやりと知っているつもりではいるような感じだから」

「曖昧!」


 ついついツッコミが雑になってしまうくらい頼りない。

 だが、亜理紗は口をとがらせて言う。


「ラーメンはスープ、タレ、麺の3つの要素から成り立つ料理だ。醤油、味噌、塩などのタレを豚骨、鶏ガラ、魚介などのスープで伸ばして、そこに茹でた麺を入れればラーメンになるはずだ。個々の要素を再現していけば、それなりに近いものになるはずじゃないか」

「じゃあお聞きしますけれど、貴女、豚骨スープの取り方知ってますの?」

「茹でるだけだろう?」

「ええ、そうですわね。そんな認識だろうとは思っていましたわよ……」


 僕は軽くこめかみに痛みを覚えながら、言葉を続けた。


「ではどの部位の骨を茹でますの? 骨の下処理は? 骨以外に一緒に入れるものはありませんの? 茹でる温度は? 時間は? どうですの?」

「……う」

「そして、貴女――わかっていますの? 豚骨ラーメンはまだ開発されていませんのよ? つまり――誰の助言も望めないということですわ」

「……うう。そうだ、確かにそうだ。鶏ガラや魚介は湯麵のノウハウが生かせるけれど、豚骨ラーメンの発祥は九州久留米市――昭和に入ってからだ」


 しょんぼりとテンションを下げだす亜理紗に、僕はさらに追い打ちをかけた。


「言っておきますけれど、現代でよくあった臭みの少ない豚骨ラーメンは洗練の極み、極致に至った芸術作品と言っても過言ではありませんのよ? 100年近い試行錯誤の末に使用する部位、茹でる時間や火力をノウハウとして確立したからこそ、わたくしたちの元居た地球ではあれほどラーメンがお手軽に食べられましたけれど――」


 転生前の地球では、ラーメン屋など溢れるほどあった。ラーメン屋の競合は熾烈を極め、それゆえに味のレベルは上昇し続けていた。

 各々の店は積み重ねた努力と誇りを一杯の丼に込めて提供していたのだ。

 たかが100年足らずと侮るなかれ。進化し続ける調理技術を積極的に採用するラーメンの世界は、街にあふれる料理の中で間違いなく最先端にあったムーブメントだ。


「知っています? ラーメンの作り方を専門に教える学校だってありましたのよ。――たった一杯のラーメンを作るための知識が、ビジネスになるほど洗練されていましたのよ。――できますの?」


 ――そこに追いつけるのか、と。

 僕は、そういう意味で言った。

 追いつく覚悟があるのか、と。

 亜理紗はうめき声を上げながら膝をついて、しかし、


「……それでも、食べたいと思うよ。私は。何年かかっても――もう一度食べたい料理は山ほどあるんだ」


 と、そう言った。


「そうですの」


 だから、僕はこう言った。


「じゃ、作りましょうか。ラーメン。――実はこれでも前世は料理人の端くれでしたのよ」


 亜理紗はあんぐりと口を開いて、僕を見上げたのだった。

 ――人の驚いた顔を見るのは気分が良いですわよね。





 ☆





 以上、回想その1。

 ――と。

 はっと気づく。

 馬車に揺られながら回想なんかしていたせいで、少しうつらうつらしていたようだ。

 完全に意識が飛んでいた。

 頭が柔らかいものに包まれている。これは――


「……おっぱい」


 おっぱいだった。

 膝を突き合わせて座る亜理紗の胸元に、大胆にも頭から突っ込んでしまっていた。

 しかも、小袖の胸元が緩んでいたのか、結構乱れた感じでこう、その、非常に危うい。

 傍から見ると大変な光景に見えるのではないか、コレ。

 ここが密室でよかった。もしも公共の場でこんなポーズになっているのを見られたらなんと思われるか――。

 ふう、と息を吐いて、身を起こす。亜理紗の乱れた胸元に手を伸ばし――巨乳だ。殺そう――とか思いながら乱れを直していると、誰かと目があった。

 馬車に備え付けられた小窓の向こうから、全力でこちらを凝視している眼がある。

 侍女の彌生だ。鼻血が出ているが、大丈夫かこいつ。


「…………」

「…………」


 まあ、その、うん。

 僕はカーテンを閉じて、ついでに現実から目を背けるように、まぶたを閉じた。

 ――さ、回想その2ですわね。

 現実から目を背けるように、というか、完全に現実から目を背けていた。





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