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ラーメン編『友達を作ろう。‐奈良炎上‐』‐11





 世界が変わった。


 その果実、オオカムヅミによって、僕のレベルは倍になり、HPMPは全快した。

 見えていなかった視界は良好。

 千切り取られ傷口を焼いた右腕も復活。

 総じて現状――絶好調。


「……信じられないな。なにをした、お前――」


 玲王・暁之宮の驚愕の声が背後から投げかけられたけれど、僕はそれを無視して、いつのまにか僕が抱えるようになっていた亜理紗を、そっと横たえた。

 ――息はありますの。

 か細いけれど、ある。

 このゲームにおいてHPがゼロになるということは、実際、死ぬことと同義ではない。戦闘不能は戦闘不能であって、アイテムを使ったり拠点で寝たりすれば復活する程度のものだ。

 だから、彼女が生きている。

 しかし、だからといって安心はできない。このまま回復が遅れれば、いずれ衰弱し死に至るであろうことは明白だ。


「――早々に済ませましょうか」


 精霊同調。炎の精霊はゆらゆらと僕らの周りを踊っている。初めて見えた。彼らと通じ、彼らと遊び、彼らと舞う。

 炎熱強化。燃え上がる炎の勢いは全てを飲み込み、焼却する。


「【陽炎舞】」


 呟く。

 振り返り、父を見遣る。彼我の差、およそ五メートル。油断なく両手を掲げて構えている。まず間違いなく、陳腐な言い方をするならば、この世界の最強の座に近い男だ。

 けれど。


「……RPGの素晴らしいところがどこか、ご存知ですの?」

「……」


 無言。


「そう。例えば、難しいボスと戦うとき、多くの場合、たいていのボスを倒すことができる戦略がありますの」


 僕が子供のとき。戦略も戦術もなく、ただ、純粋にゲームの世界を楽しんでいたとき。

 勝てない敵は、どうやって倒したか。

 そう。


「――レベル差圧殺……!」


 五メートル。先ほどは二歩駆けて届いた距離。

 では、今の僕ならならどうか。

 とん、とステップを踏む。ゆらりと風景が揺れる。

 それだけで、彼我の差は消え去った。





 ☆





 最初は右掌。

 胸に撃ち込み呼吸を刈り取る。炸裂音が響くよりも先に、二撃目の左拳のボディブローが右脇、レバーに突き刺さる。

 二撃目を放ったとき、左半身が前に出るように体勢が変わった。初撃で突き出していた右腕を引いた体勢だ。

 三撃目は、引いた右半身を前に出しての、左肩への手刀(チョップ)

 四撃目は左脚で相手の足の甲を踏み潰す震脚(スタンプ)――。

 連打は続く。回転率を上げる。陽炎が舞う。僕から生み出される熱量が、空気をゆがませ、風景を塗り替える。

 音速を超えた身体が火をまとい、真の【陽炎舞】は完成した。

 数えて十六撃。

 十六連打の必殺連携技。

 あまりにも速い連打に、全ての打撃音が重なり合うように響いた。






 ☆





 は、と煙を吐く。

 玲王・暁之宮が敗北した。

 誰の目で見ても明らかな負けだった。

 肉は裂け、骨は砕かれ、全身を高熱で焼かれて、倒れている。

 しかし、まだ斃れてはいない。

 ――生きてる。

 は、と煙を吐く。

 おりん・スチュワートは知っている。

 玲王・暁之宮という人がどういう人物か。

 折れず曲がらずの冷血漢――ではない。むしろ、よく折れる。よく曲がる。そのたび立ち上がってきた熱血漢だ。

 何度も折れ、何度も曲がり、その人間性はいささか屈折しすぎているようにも思うけれど、それでも。

 彼は立ち上がることだけは、やめなかった。

 例え死の一歩手前であろうと、絶対にあきらめず――。


「――は」


 眼前、全身から黄金色の魔力を放出し、陽炎のように周囲の風景を歪めている少女がいる。

 見ればわかる。あれは圧倒的だ。圧倒的で、反則だ。あんなもの、東京どころか日本列島中の手練れを集めてきたところで勝てるわけがない。

 対峙することすら馬鹿らしい。

 なのに、対峙する者が在る。

 立って、立ち向かおうとする者がいる。

 現実すら虚構と切り捨て、夢想を現実にせんと目論む馬鹿がいる。


「……本当に、貴方は変わらねえのな」


 ――そんな彼女だから惚れたんだ、か。

 褐色の少女が、そう言った。

 向き合えとも言った。

 ――そっか。

 おりん・スチュワートはひとつ頷いて、煙管を指に挟んで咥えたまま、悠然と歩き出した。

 見ているだけの時間は終わり。

 これからは、すべきことをしよう。

 責任を果たそう。

 ――おいら、馬鹿で阿呆で、どうしようもないクズだったけどさ。

 思う。

 ――最期にできることをやってやろうじゃねえか。

 あの男は、馬鹿だ。なのに、誰もその馬鹿を指摘しなかった。

 だからこうなった。


「他人のために馬鹿する馬鹿だから惚れたはずなのに、ただの馬鹿になりやがってよ。だが、まあ、悪いのは、唯一止められる位置にいたくせに止めなかったおいらだからよぅ」


 呟く。


「最後の最後、本当に最期だな、こりゃ」


 笑う。


「最期くらい、母親っぽいこと、してみてえよな」


 そう言って、おりん・スチュワートは、いつものように煙を吐いた。





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