友達を作りましょう。(7/12)
亜理紗が玲王・暁之宮に連れていかれてから数十分が経過した。と思う。
――体内時計とか、あてになりませんの。
焦っているときは、特に。
だから、まずは落ち着くこと。現状を把握すること。
焦ってなにもせず嘆くだけなんて、それこそ無意味だ。
もう無意味なことはやり飽きた。
――魔力はあまり回復していませんわね。
ここまでのガソリン代わりに使用された、という話だ。
一晩寝れば魔力が全回復するのは、ゲームと同じだけれど、それは厳密には体力、精神力の休養によるものである。
魔力切れのときに魔力回復アイテムを服用するのは、眠りを打破できる栄養ドリンクで身体をだまして酷使するのと同じなのだ。
であれば、縛られて放置された僕のコンディションが回復していないのも、当然と言えた。
というか、
「ここ、どこですの……? 本当に奈良まで来ちゃいましたの?」
奈良――大仏ばかりが注目される田舎だけれど、侮るなかれ、その辺の小山はだいたい古墳か史跡、民家の下を掘れば土器が出土するという魔境である。
平城京跡など、日本でも屈指の太い龍脈が通る場所でもある。魔術的意味は非常に強いスポットなのだ。
と、そこで、がさりと音がした。扉のほうからではない。
格子窓のほう――壁際。
ひょこりと、人間が顔を出した。
「……え? あ、あなた、どうして――!?」
その人物は、しーっと指を口に当ててジェスチャーすると、手にしたガラスの小瓶――魔力回復薬――を振って見せ、にやりと笑った。
●
玲王・暁之宮は冷徹な男だと思われがちだが、そうではない。――少なくとも、昔はそうではなかった。
女――おりん・スチュワートは煙管からぷかりと煙を浮かべて、そう思う。
――どこでこうなっちまったんだろ。
少なくとも、彼女が玲王・暁之宮という男に惚れこんだとき、彼は幼気な少女を拉致するような悪漢ではなかった。
いや。
悪漢ではあったけれど、それでも義侠心の強いやくざ者だった。
それが変わった時期があるとすれば――十六年前に娘が生まれてしばらくしたころだったか。
――リリィお嬢様。
彼女は、おりんにとって大切な人で、玲王・暁之宮にとってもそうだったはずだ。
はずだった。悪魔が憑りつくまでは。
――儀式場の準備はこんなもんだな。
作業を終えて、見渡す。明け方の空。
広い場所だ。草原のようでもあるけれど、そう呼ぶほど広大でもない。遠くに朱色の鳥居が見える。
龍脈の強い場所――伝手を使って、この場所を占有した。
そこに、いくつかの図形を組み合わせた魔法陣を描いてある。
「……玲王様、準備は出来やした」
と、声をかける。儀式の準備――精霊との親和性が高いおりん・スチュワートにとって、龍脈を利用する大儀式は相性が良い。昨日の晩、夜行列車に揺られて関西まで来たおりんだったが、その程度の負担など負担にならないのが彼女の強さであった。
なによりも。
――惚れた弱みってのは、どうしようもねえわな。
「……悪いね、おりん。キミにはいつも迷惑をかける」
「お気になさらず。おいら、玲王様の女だからよ――好きに使ってくれ」
「……本当に、悪い」
――そら、そこで頭を下げるから……下げちまうような人だから、おいらもあんたから離れられないんだ。
と、内心で愚痴をこぼす。
玲王・暁之宮は頭を上げて、ああ、と呟いた。
「そういえば、おりん。キミを曲がりなりにも足止めしたのは、エドガー君だったかい? それともリュー・ノークラン?」
「リューでした」
「彼は?」
肩を竦めて見せる。
「さあ。自爆して息も絶え絶えといった体でしたんで、放ってきました」
「ふむ。まあ、わざわざ殺すほどの者でもないか。……では彌生はエドガー君に止められたのか。彼女にも、念のため奈良に来てほしかったんだけれど――」
その呟きに、応えるものがいた。
「大変遅くなりました、旦那様」
すたすたと歩み寄ってきたのは、小袖と袴の上から洋風のエプロンをつけた、侍女。
彌生だ。
「荷物の運搬で、少々、手こずりまして」
「やあ、彌生。無事で何よりだ――荷物というのは、それかい?」
それ、と示す先にあるのは、彌生が肩に担いできたもの。
縄で縛られ、さるぐつわを噛まされた人間。
「現在、お疲れのようで寝ておられますが――エドガー様です。私になにやら面倒な呪いをかけまして、手を出せなくなりましたので、とりあえず縛って連れてきました」
「よく警官に声をかけられなかったな」
「いろいろと手を尽くしましたので。夜行列車を使えなかったのは大変面倒でしたが、幸いエドガー様は優秀な魔術師でしたので。力をお借りして、車でここまで」
「ふむ。とすると、それは寝ているのではなく気絶なのではないかな?」
「そうとも言いますね」
――相変わらず怖え侍女だな。
体術だけで魔術師に対抗できるというだけでも恐ろしいのだが、それ以上に精神が怖い。
「けれど、良い時間に来てくれたね。これで役者は揃ったわけだ」
玲王・暁之宮はそう言って笑った。
「さて、じゃあ――主賓をここへ呼ぼうか」




