ラーメン編『友達を作ろう。‐奈良炎上‐』‐5
追いかけてくれなんて言わなかった。
助けてくれとも言われなかった。
その通りだ。
その通りだとも。
「――でも、そろそろこのネタで引っ張るのもアホらしいですの」
「……ネタ?」
「いえ、エドガー様やリュー・ノークランとだいたいそのあたりの話は終わっていますもの」
苦笑する。
終わっている――のは、僕だけだ。
亜理紗の中では終わっていないだろう。
「いいですこと、亜理紗。貴女は確かに追いかけてくれなんて一言も言いませんでしたわね。ですけれど、貴女、さよならも行ってきますも言わなかったじゃありませんの」
言う暇もなかっただろうし、玲王・暁之宮はそんな生ぬるい時間を許さないだろう。
「追いかけるなとも、言いませんでしたわね?」
「……屁理屈だ。わかるだろう、普通は」
「なら普通じゃありませんの」
澄ました顔で言ってやる。
「わたくし、悪役ですもの。悪役令嬢ですもの。誰が邪魔をしようが、誰が嫌がろうが、誰が迷惑を被ろうが、欲しいものは力ずくでも必ず手に入れますの」
「……欲しいもの、か。すると君は、まさか、私が欲しいっていうんじゃないだろうね?」
「そのまさかですわね。亜理紗――わたくし、貴女が欲しいんですの」
口に出すと案外恥ずかしい。
けれど、そう。口に出すと、ああ、僕は本当に――彼女が欲しいんだなと、改めて分かった。
「亜理紗・セントラル――わたくし、貴女が欲しくて欲しくてたまりませんのよ? ふふ、魔性の女ですわね……」
「……それは、私の【地母神】が君に利益を――待て、なぜ私の尻に頬ずりをする」
「え? いえ、なんだか急に、とっても愛おしくなってしまって」
「尻がかい?」
「貴女が、ですわ」
亜理紗が口を丸くした。
鳩が豆鉄砲を食ったような、という表現はこういうときに使うのかもしれない。目元が布で隠れていても、彼女が本当に驚いていることがひしひしと伝わってくる。
「【地母神】とか、もうどうでもいいんですのよ。亜理紗。わたくし、何度でも言いますわよ。貴女が欲しいと」
「……しかし、だね。私とリリィ君との間には、いろいろと障害やしがらみがあるように思うわけだけれど、そのあたり、どうだろうか」
「あら、亜理紗の意見は聞きませんわよ? わたくし、悪役ですもの。言ったでしょう? 力づくでも、誰が嫌がっても――と」
ぎり、と亜理紗の制服の尻の部分を口の端で噛む。そのまま上体を起こして軽く引っ張ると、彼女の袴が少しずれた。
「……え、ええと、リリィ君? あの、それ、どういう意味かね? あとなにしているんだい?」
「わかりませんの?」
ずる、と袴がこちら側にさらに動く。
「うふふ」
「いや、うふふじゃなくて。あの、リリィ君?」
「悪役の王道ですわよね、ヒロインを手籠めにしようとするのって」
「それたいてい失敗するパターン……!」
「へへ、叫んだってここには誰も来ませんわよ……!」
「来るパターンのやつだ……!」
というか。
「よく考えたら、ここ、どこですの?」
「とりあえず私の袴を引っ張るのやめてくれないかい? わりとマジで脱げそうなんだけれど」
「あら。じゃあもう少し頑張れば御開帳……!」
「いやそうじゃなくて。おい。おいこら、いったん離せ」
しぶしぶ僕は口を離して、言う。
「なんですの? ムードが悪いからダメ?」
「ムードが良いならOKみたいな空気を作ろうとするんじゃない、ケダモノめ。――というか、だね」
はあ、と亜里沙はため息をついた。
やれやれと言わんばかりに。
けれど、その頬が真っ赤に染まっていて、口が緩んでいるのを、僕はしっかりと見ていた。
「私でいいのかい? こんな私で――褐色で、全身に魔紋が入っていて、向こう見ずで女らしさの欠片もない私で、本当にいいのかい?」
「貴女じゃなきゃダメなんですのよ、亜理紗。わたくし――いえ」
僕も今、すごくだらしない顔をしているんじゃないかと思う。
互いに縛られていて、亜理紗に至っては目隠しもされているというのに、僕らはいったいなにをやっているんだと思わなくもないけれど、一周回ってこれくらいふざけていたほうが僕ららしいというものだ。
すべての問題は、とりあえず後回し。
今すべきは、そう。
「亜理紗。僕は君のことが好きです。本心から、建前も役割もなにもなく、君のことが――大好きです」
「あ……」
うう、と亜里沙はうめいた。
「ずるい、ずるいよリリィ君……。こんなときだけ男口調なんて、そんなのずるい。かっこよすぎるじゃないか、そんなの……」
そして、彼女は、彼女にしては小さな声で――恥ずかしそうに――言った。
「……私も好きです」
なお、縛られていたので2人は幸せなキスをして終了とはいかなかった。




