ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐14
本来の歴史での自動車を語るならば、アメリカ合衆国フォード社は外せない要素だろう。
フォード式と呼ばれる効率化された生産ラインは、自動車という複雑な機械を量産することを可能にしたのだ。
当然、この似非大正時代は史実通りとはいかないので、フォード社の偉大でありながら社会問題の発端でもあるいくつかの功績の恩恵は受けられないけれど、ありがたいことに自動車そのものは――ある。
馬は貴重な肉であったから、星墜ち以降、膨れ上がった人口を支えるために、農耕用以外の馬はけっこうな割合で食われてしまった。
こんな話がある。
ある華族が、乗っていた馬車が襲われ金品が取られるのかと思い、魔法を構えて車内で待ち構えていたら、いつまで経っても賊は扉を開けない。
不審に思っておそるおそる扉を開けてみると、賊は馬だけ連れてさっさと逃げていた――と。馬に限らず、犬など、食肉として扱える生物は高値で取引されたのだ。
結果として、華族はひとつの教訓を得た。
馬車よりは自動車のほうが安全である、と。
「自動車は急速に発展し、その過程で新型以外の自動車は華族から流れて市場へと、少数ながら出回り始めている――と。この車はそれだ」
「どうりで乗り心地が悪いわけですわね」
「暁之宮のお嬢様には大変ご不便をおかけしますが――とか言ったほうがいいか?」
「いえ、別に」
運転席に座る少年――リュー・ノークランは苦笑した。
そう、屋敷から出て門に向かった僕を待っていたのは、この少年だったのである。エドガーが足として連れてきたらしい。
自動車をどこからか調達してきたのもノークランだ。
「つれないな。ま、俺のせいで亜里沙・セントラルが連れ去られたんだから、それも仕方がないとは思うがな」
「別に、貴方にそこの責任を取らせようなんて思いませんのよ? 貴方の知っている情報じゃ、どうつなぎ合わせても亜里沙の危機には勘付けませんもの」
「そうかもしれないが、そうだとしてもここで『俺は一切悪くない』なんて言ったら、一生あの子に胸を張れねえ」
「あら、ぞっこんですわね。そんなにあのショタが気に入りましたの?」
「言い方……!」
だってそうじゃん。
「……いや、まあ、気に入ったといえば気に入ったが、理由が違う。……弟に似てるんだ」
「おとうと? 貴方、弟がいる設定でしたかしら」
「ああ、いや」
ちら、とノークランはこちらを一目うかがうと、目線をすぐに前に戻して言った。
「前世の」
「……ああ、なるほど。そういうことなら深くは聞きませんの」
――まあ、予想すべきだったと、そう言えることですわね。
事ここに至れば――というか、エドガーの言動を考えれば――おそらく、メインキャラクターのほとんどが転生してきた地球の出身者である、ということは容易に想像がつく。
もともとノークランが転生者である可能性は考えていたけれど、エドガーのほうは完全に考えの範囲外だった。
――でも、謎が解ける部分はありますの。
エドガーが百合厨になっていたことではない。
新宿でジャイアント餓鬼と戦った夜、エドガーはあの場にいる理由を「百合の気配を感じたから」と言った。
けれど、実際は違うだろう。
あの男はあの男で、イベントの気配を感じていたのだろう。
だから、新宿にいた。
――鉢合わせしてしまったわたくしたちをごまかすために、適当な……ちょっと適当すぎる言い訳を口にしたわけですの。たぶん。
いや、でもエドガーなら本気で百合の気配とか感じちゃってるんじゃないかなと思わなくもない。
「しかし、生徒会長は大丈夫なのか? 一人で足止めするって話だが、相手はそうとう強いんだろう?」
「わたくしよりは強いですわ。でも、まあ、エドガー様なら大丈夫ですわよ」
リュー・ノークランは首を傾げた。
「なんでだ? そもそも生徒会長は回復役だろう。どうやって勝つんだよ」
「エドガー様がエドガー様だから、としか言いようがありませんわね」
僕には想像がつく。
――大物狩りが得意、なんて言ってましたもの。
あれを使う気だろう。
エドガーがエドガー・鬼島というキャラクターだからこそできる、パズルのピースのようにぴったりとはまった戦術が。
「知っています? 暗黒エドガーコンボって」