ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐11
新宿に現れた鵺が玲王・暁之宮の人造妖魔計画によって生み出されたものであることはほぼ間違いがない。
新宿のどこかにあるという研究施設――そこから脱走したものだと、そう考えていた。
けれど、そうだとしてもおかしいのだ。
雷獣鵺がどうして同じところにとどまり続けるのか。ひとところにとどまらず、勝手気ままに行くものが天気というものだろう。
ならば、なぜ。
僕は走りながら考えを纏める。
――誰かが鵺をこの地に縛り付けた、と考えるべきですわよね。
そうなれば、最初の前提。『鵺が研究所から脱走してきた』という考えも否定される――そう。
脱走してきたのではなく。
解き放たれたと。
そう考えるべきだろう。
――そうなりますと、いろいろと邪推できますの。
おりんさんが介入しない理由にも説明がつく。
彼女は父の情婦であり、部下であり、新宿の顔役である。
その彼女が新宿を守らないとした理由は、それこそ誰かの介入があったからだろう。
そして、彼女に介入できる人間がいるとすれば、この世にただ一人。
――玲王・暁之宮……お父様が裏で手を引いていると考えて間違いありませんのよ!
リュー・ノークランは鵺を倒すプランをおりんさんから授かったと言った。
介入しないと言いつつ、解決方法は教える――その矛盾。
ノークランにも可能なプランを教示し、彼をその気にさせた理由。
そして、そのプランにおりんさんが守るべきリリィ・暁之宮(つまり僕)を関わらせたのはなぜか。
「それすらもお父様の指示だとすれば……!」
元より、亜理紗の介在しないプランは僕と亜理紗――常に一緒にいる僕らを分離させるためのものだとすれば。
僕と亜理紗が喧嘩をしたのは、玲王・暁之宮にとっても想定外だっただろうけれど、あの人の目的が『僕の眼を亜理紗から離す』ことだったとすれば。
――目的は亜理紗ですの!
理由はおそらく、【薬祖神】とかいう術式だろう。
奈良にあるというその術式を、父は手に入れることができなかったか、あるいは手に入れても扱うことができなかった。
敷地の門を一息に飛び越えて、屋敷に飛び込む――
「はしたないですよ、お嬢様」
――その前に、僕の視界は反転した。
直後、背中に強い衝撃。
肺の中の空気が全て吐きだされるほど強く、地面に叩きつけられたのだと認識するまで時間はそうかからなかった。
柔道の技のように、走る僕の勢いをそのまま僕に返す投げ技。
右腕の肘を、誰かに掴まれている――僕はこの技を知っている。
「……か、こひゅ……っ!」
名前を呼ぼうとするけれど、酸素を失った肺から出てきたのは、そんな掠れた音だった。
けれど、彼女――僕を昔から見ていた彼女は、いつも通りの顔で、言った。
「はい、お嬢様。無理して呼ばずとも彌生はここにおりますよ」
と。