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ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐9





 消費した耐雷の護符が50を超えたころ、ようやく――僕は鵺の顔面にクリーンヒットを叩きこんだ。


『ひょうううう、ひょううううう』


 と猿の顔が気味の悪い声で鳴き、虎の手足が跳ねて、鵺が僕から大きく距離を取った。

 ゴミ山はすでに度重なる落雷で発火しているが、降り注ぐ豪雨がその勢いを大きく削いでいる。

 ――どこまで規格外なんですの、この妖は!

 鵺が鳴けば雷雲が濃くなり、雨が降り、雷が降り注ぐ。最初こそ、鵺はやる気がなさそうに戦っていたけれど、今となっては向こうも必死。互いに命を懸けた削りあいの様相を呈してきた。

 いまや、鵺が鳴けば鳴くほどに雨の勢いは強くなり、数メートル先さえ視認が困難になるほど――鵺も本気で妖力を撒き散らしている。

 その妖力に反応して、山のような雑兵……フライングスネコスリをはじめとする妖が寄ってきていて、それに対してはリュー・ノークランが対応している。

 彼も必死に範囲魔法を空に向かってぶっ放している様子で、魔力の消費による疲労が顔に現れている。

 そして、僕の方も僕の方で、苦戦していた。


「相性が悪いですの……!」


 僕は炎。鵺は雷。しかし、奴は雨を呼んだ。

 水は炎を消す――。


「リリィ、【陽炎舞】の効果時間が短くなってるぞ! 大丈夫か!」

「そう思うんならもっと回復飛ばしてくださいな!」

「護符の残数は!?」

「50もありませんの!」


 用意した護符の半分。半分を使って、ようやく一撃。

 ――近接戦で抑え込む、なんてよくもまあ簡単に言ってくれましたわね、あの中二病……!

 よくよく考えてみれば、虎の手足なんてそれだけで人が殺せる凶器である。

 僕が近接戦闘に特化していると言っても限度がある。

 いくら身体を強化したところで、金属バットで殴っても死なないタイプの化け物に対して、僕の拳はあまりにも非力だった。

 ――おりんさんのような火力があれば……!

 ジャイアント餓鬼すら燃やす尽くす大火力。

 あれなら、この鵺だって簡単に焼き尽くせるのではないか。

 おりんさんがいれば――と、思うけれど、彼女は来ないだろう。

 ヒーローは都合がよく来てくれるものだ。けれど、おりんさんは鵺には関与しないと決めたらしい。

 新宿の顔役である彼女が鵺を放置する理由。

 気の抜けない戦闘中でありながら、そのことが気がかりだった。

 いや。

 実は、気がかりもなにも、答えはとっくにわかっていたような気もする。

 だって、彼女が手を出さないことがあるとすれば、それは――十中八九、玲王・暁之宮の関連だろうと、容易に想像がつく。

 だから、この鵺は――おそらく。


「身内のかけた迷惑ですもの……!」


 人造妖魔計画。

 ゲームでは、物語の根幹を担う暁之宮家の悪行のひとつだった。

 人造妖魔――人の身にて妖を造り上げる所業。

 悪意を抽出し、恐怖を練り上げ、信仰を侮辱する。

 暁之宮はその罪によってあらゆる権利を剥奪されることになるが、それはゲームの……ヒロインである亜理紗が正常に機能した場合の話だ。

 しかも、鵺。そんなものまで造り上げ、あまつさえ新宿に放つとは、父はなにを考えているのか。

 僕にはわからない。

 わからないけれど、それでも身体は動くし、鵺がいて困っている人がいる。

 だったら、やろう。


「は……!」


 身に纏う熱の温度が上がる。

 降り注ぐ雨が体に触れるたび、白く蒸気が立ち上る。

 【陽炎舞】によって強化された身体が、弾丸のごとく鵺に向かって突き進む。

 対する鵺は、猿顔をにいいっと歪ませ笑い、鳴いた。


『ひょうううううううう、ひょう、ウェーイワンチャンアルッショ』

「おい今喋りませんでしたか貴方……!」


 ――しかもまるで大学生みたいなセリフを……!

 思いつつ、勢い任せに右手を振り抜く。

 鵺は四足歩行で、大型犬ほどの大きさだけれど、その頭の位置は僕よりも低い。

 自然、攻撃は振り下ろす形になるが、鵺は虎柄の手足を器用に使って横に転がり、ついでとばかりに尾の蛇頭で噛みついてきた。


『ウェーイ』

「蛇の方も喋るんですのね……!」


 ――しかもまるで大学生みたいなノリで……!


「リリィ、耳を貸すな! 猿がその場の勢いで喋ってるだけだ! 意味なんてない!」


 この鵺なんなんだ一体。ていうか蛇のほうは猿でもないけどどういう理屈だ。

 ともあれ、蛇の噛みつきをバックステップでかわすと、今度は猿頭の方が地面から飛び上がって噛みついてきた。

 それも避ければ、今度は虎の爪が襲い掛かってくる。連携ができている。格ゲーのコンボのように、鵺は攻撃に隙を産まない。介入させない。

 ――妖でも鵺となるとやはり別格ですのね!

 さらに、距離を取ろうと大きく離れると、すかさず落雷で攻撃を狙ってくるのだ。

 護符があるから被害は抑えられるものの、落雷のエネルギーはすさまじく、発生する衝撃波だけでがりがり体力を削られる。


「……亜理紗がいれば、もう少し楽だったかもしれませんわね」


 本来、亜理紗の属性は土だ。かみなりタイプの鵺に対してじめんタイプの亜理紗はタイプ一致でこうかはばつぐんになるはずなのだ。

 けれど、彼女はいない。

 僕が連れてこなかったから――。

 それに、リュー・ノークランの計画には、亜理紗は含まれていなかった。

 だから、僕が彼女にひどいことを言わなくても、彼女はここにいなかっただろう。

 ――と。

 なにか、引っかかる。

 なにが引っかかるのかはわからないけれど、とにかく、なにかが――引っかかる。

 喉奥に魚の小骨が刺さるような違和感。あるいは、簡単な感じが咄嗟に出てこない時のもどかしさ。


「……リリィ、呆けるな! 鵺が来るぞ!」

「――っ!」


 慌てて切れかけていた【陽炎舞】をかけなおし、拳を振るって鵺を迎撃する。


『ひょうううううううう』

「考えるのはあと! まずは鵺を倒してから、ですわね!」


 自分に言い聞かせ、僕はさらに強く拳を握りしめた。





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