プロローグ‐4
白い肌で金髪縦ロールの僕と、褐色の肌で桃色蛮族カットの亜理紗・セントラルが似非和風の馬車の中で対峙している。
――シュールですわね。
まるでゲームのようだ、と思ったけれど、そういえばゲームだった。
「貴女もわたくしと同じく、地球で過ごした人生の記憶と、この世界そのものであるあのゲームの記憶を持っていると、そう考えてよろしくて?」
「よろしいとも。けれど、ひとつ間違いだ」
亜理紗は人差し指を立てて、教師のように言った。
「いいかね。この世界はあのゲーム――大正時代風なのに魔法があって名前が横文字でライバルの悪役令嬢がまな板金髪縦ロール貧乳なあの萌え系謎RPGの世界とまったく同じ世界だと、そう思っているようだけれどね。厳密に言うと、違う」
「いまさらっとわたくしの胸を馬鹿にしましたわね? しかも2回も」
燃やしてやろうか、こいつ。
「大丈夫、私は慎ましやかな胸も好きだから。……キミも、ゲームの世界と違うところを見たはずだよ、リリィ君」
「違うところ、ですの? ……わたくしの名前、出生に、地名、エドガー様の存在、世界観設定など……全部同じでしたわよ?」
「いいや、違うさ。だって、ほら。――私が違う」
そう言って、亜理紗・セントラルは立てた指を自分自身に向けた。
そのまま、彼女は胸元を少し緩めた。締め付けられていた巨乳が小袖の胸元を押し広げる。いきなり爆発したりしないかなこの脂肪。念じたらいけるだろうか。
爆発を念じながら見てみれば、胸元からは魔紋が――予想通り――びっしりと刻まれている。
「こんなグラ、あのゲームにはなかっただろう? だが、私は存在している。確かに、ここに、生きている。もはや元ネタから乖離しすぎてよくわからない蛮族シャーマン風になってしまっても、世界は進むということだね」
亜理紗は、まあ、と言葉を繋いだ。
「私のイレギュラーな行動が、バタフライエフェクト的に世界に影響を及ぼしたりもするようだがね。エドガー君に百合厨設定が追加されたのも、どこか遠くで誰かがルートを外れたことによる影響だろう」
「……お待ちになって。その言い方――まるで、わたくしたち以外にも転生してきたものがいるような言い方ですわね」
「ああ、いるとも。もう死んだがね。助六という炭焼きの爺さんで、やたらと魔法が上手いものでいろいろと教わっていたんだが、同輩だと知ったときは驚いたものだ。――そして、同輩だとわかったから、あのジジイは私に術を託した」
……ゲームキャラにそんな男はいなかった。
彼女の話が本当だとすると、この世界にはゲームのシナリオとは無関係な人間に、つまりモブキャラに生まれ変わった人間がいることになる。
おそらく、その助六爺さんだけに限らず、だ。
――困りましたわね。
バタフライエフェクト。蝶の羽ばたきが起こした風が、世界の裏側の台風を引き起こすかもしれないように――どんな些細なミスであっても、それが選択肢に影響を与え、この世界がゲームの通りに進んではくれない可能性があるということ。
もっとも、目の前の女の場合はシナリオに関係ありまくるので、バタフライエフェクトというか直接シナリオを粉砕しているわけだけれど。
ついでに言えば、さらっとエドガーが変容した理由を他者に押し付けているけれど、僕にはどう考えても亜理紗・セントラルの影響だと思う。
「……術を貰ったと言いましたわね。それは、どんな?」
「どんな、か。……どう説明したものか……」
亜理紗・セントラルは苦笑した。
「正直、私も扱いかねている面があるものでね。助六爺さんが理論を完成させながらも、実用化まではできなかった究極の術。私がこのように全身に魔紋を刻んでいる理由もそこにある。その術式だけに身体を特化しなければ発動すらできないほどの、大魔法。つまり――」
彼女は言う。真摯な顔で。
「――ラーメンが食べたいんだ。私は」
「文脈が迷子ですわよ」
「いや、冗談ではなく、本気で。――そもそもだね、私は元居た世界でラーメン屋に家系ラーメンのチャーシュートッピングとライスの食べ放題を食べに向かう途中でトラックに轢かれて死んだから、ラーメン食べたさが15年かけてうなぎ上りなものでね。わかるかい? 私は15年もずっとラーメンが食べたくて生きているんだ」
「……つまり、馬鹿ですの?」
疑問は無視された。
「そして、いいかい? この世界に、家系ラーメンは存在しない。なぜなら……この世界の設定は知っているね?」
「もちろんですの」
大正時代風の日本が舞台だが、日本列島以外の大地がこの惑星には存在しない。
50年前、星墜ちと呼ばれる大災害が地球を抉ったせいだ。魔法と神術と陰陽術と忍術とかなんかその辺の胡散臭い技術の集大成として、この日本列島だけがその余波から逃れ、残った。
ようするに隕石で文明がほぼ滅亡した地球である。
ブラジル近海に落ちると予知されていたから、反対側にあるこの国に世界中から人が集まり、技術が集約し、この大地だけが残ったと――そんな穴だらけの設定。
「そもそも、惑星の地表を一掃するほどの隕石なら、地球環境は人が住めるものではなくなっているはずなんだけれどね……」
「そこはそれ、ゲームですもの」
「その通り。――だが、我々までもがゲームの通り動く必要などはないし、生きていく以上、ゲームではなく人生だ。だから、助六爺さんから貰った術式は、幼少の頃よりこつこつ身体に刻んできた」
はあ、とまた自分の口から息が漏れた。あまりに呆れてしまったからだ。
「つまり……その、助六なる老人から貰ったなんかすごい術式を、人生を賭けてでも実用化するために、わざわざ自分の体に魔紋を刻んだと。貴女、森林術師と名乗っていましたけれど――」
「うん。幸いにも森林術は土属性と近いからね。私の身体によく馴染んだ」
「……森林術師と言えば、いま最も重宝されている術師ですわよね。なんせ、星墜ちから50年――世界中から流入した多種多様な人種が蠢く日本列島ですもの。流入後、飢餓と内乱で山ほど死んだとは言え、現在の人口は星墜ち前と比べておよそ3倍。馬鹿げた数字ですわよね。もう大和民族よりも白人の方が多いくらいですのよ?」
かく言う僕、リリィ・暁之宮も英国白人の血が混ざっている。ハーフだ。逃げてきた海外資本の取り込みと融和は、すでに華族の常識となりつつある。
「そして、森林術師の魔法は、植物の種子を急速に育てたり、操ったりすることですものね。増えすぎた人口を無理やり補うために、政府は信州盆地に蝦夷の地――長野や北海道に森林術師をガンガン送り込んで、水稲や野菜を作りまくってるという話ですわよね?」
「そう。その森林術師だ。ドルイド系だったりシャーマン系だったりで細かい違いはいろいろあるけれど、私のは明確な神を崇めるものではなく、原始的シャーマン系でね。ざっくり言うと、『母なる大地を崇めよ』というやつだ。そして、」
亜理紗・セントラルは一息入れて、告げた。
「私が身体に刻んだ術式の銘は『地母神』という」
「また大仰な名前の術式ですわね。神にでもなる魔法ですの?」
軽く返した言葉は、けれど、重い言葉で返ってきた。
「それほど大仰な術式なんだと、そう言わせてもらうよ。なんせ――この術式は種子を使わずに植物を育てられるんだから」
わかるかい? と亜理紗・セントラルは言った。
「『地母神』は種から植物を育てる能力ではなく――魔力から種を作る能力だ。術者が知る限り、あらゆる植物の種を再現できる術式と――そういえばわかりやすいかな」
それは、この世界においては間違いなく爆弾発言だった。
「つまり、私は――滅んだ植物でさえ、再生することができる」