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ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐8





 轟音が響く。

 空気の焦げる匂いがする。

 閃光が視界を白く染め上げて、気づいた時にはもう手遅れ。


「――は」


 全身に留まる痺れのような痛みをこらえながら立ち上がる。

 ――低級でこれですの!?

 視界がようやくしっかりしてきて、僕は現状を認識した。

 新宿スラム。その外れ――ゴミ山。

 くず鉄と木っ端が積み重ねられ、山と化した一帯に、君臨する獣がいる。

 頭は猿。胴は狸で手足は虎。尾は長い蛇で、その先についた蛇の頭からはちろちろと赤い舌が覗いている。

 サイズは思ったよりも小さく、大型犬程度だ。しかし――そこに秘めたエネルギーは尋常ではない。

 鵺のことを雷獣と亜理紗は呼んだ。なぜか。それは鵺が文字通り雷の化身であるからだ。


「……暁之宮のお嬢様。大丈夫ですか」


 僕の右手側から声がした。

 そこに、僕同様転がっている人影があった。

 黒い洋服に黒い髪と瞳。リュー・ノークランだ。


「……ノークラン様こそ、ご無事ですの?」

「大丈夫です。直撃してないから。むしろ直撃していないのに――ただ鵺が空から降り立っただけなのに、この威力。落雷の余波、というやつですか」

「撒き散らした衝撃波だけでゴミ山が崩落しましたものね。エドガー様は?」

「知りませんよ。どっかに吹き飛んで行ったようですけどね、俺の知ったことじゃない。――どうせ無事でしょ」


 この少年はいささかエドガーに対してあたりが強い。

 ――まあ、一対一でコテンパンにノされてますものね。


「……この即席3人パーティで挑むには、少々無理がある相手のように見えますけれど……ノークラン様。貴方、勝つプランがありますのよね?」

「ある。だから、あの胡散臭い生徒会長を誘ったんだ」


 そう言う彼の黒いシャツの袖から紙片が舞った。同様に、僕の手のひらからも紙片が零れ落ちる。

 雷に対して強力な守護の力を持つ護符。その残骸だ。


「準備して挑めば無理な相手じゃない。生徒会長の護符で鵺の妖術に対抗し、お嬢様の格闘能力で鵺本体を抑え込む。妖気につられて出てきた雑魚は俺が狩れる。この布陣なら、鵺を倒すことだって――不可能じゃないはずです」

「他力本願ですわね、わたくしとエドガー様がいないと成立しませんもの」

「そこは平にご容赦ください。なんなら俺の生涯を捧げましょう。それで新宿を守れるなら安いもんです」

「別に貴方の人生をもらったところでどうしようもありませんわよ。手駒としても微妙ですし、一生ってなんか重いし。それに、わたくしに仕える騎士ならとっくに――」


 と、そこで僕は言葉を止めた。

 ――今日は、いませんものね。

 そう。

 本日、この場には亜理紗・セントラルがいない。

 僕の騎士が、いない。


「……どうかなさいましたか?」

「……いえ、なんでもありませんのよ」


 怪訝そうに顔を伺ってくるリュー・ノークランに笑顔を向けつつ、そう誤魔化す。

 ――誤魔化しだと自分でもわかっている程度には、わたくし、あの子に依存していましたのね。

 けれど、それを認めるのは少々、癪だった。

 そんな僕に、横合いから声がかかった。


「気にするなよ、ノークラン。仲直りの仕方もわからない不器用な女の子が強がってるだけだ」

「……あら、エドガー様。生きてやがりましたのね。死ねばいいのに」

「ほら、こうやって当たってくるだろ? 相方がいなくて調子が出ないんだよ」

「……生徒会長、仮にも婚約者に対してその言いざまはないだろ」

「そりゃ失敬。――で? 鵺のほうはどうなんだ」


 言われて、ゴミ山の方を伺う。

 鵺は悠然と佇んでいる。こちらにも気が付いているはずだし、こちらめがけて降ってきたはずなのだが、攻撃してくる気配がない。

 ――いえ、こちらに対する敵意は確かに感じますけれど、攻撃行動を取る気がないというか。


「なんか、やる気なさそうだな」

「ですわよね。あれ、本当に妖ですの? 人間を見れば即座に襲い掛かってくるものと思っていましたけれど」

「そうでもありません」


 と、リュー・ノークランが言った。

 彼は鵺を見据えながら言葉を続ける。


「妖にもいろいろいます。人間に明確な害を与えるものは人間の悪意や恐怖を反映したシンボルとしての妖で、逆にぬらりひょんのように、特に害は与えないけれど、莫大な妖力を持つ妖もいます。――鵺という妖のルーツをご存知ですか?」

「いえ。わたくし、妖に無学なもので」

「僕は知ってるぞ。平家物語だろう。確か、ええと――そう。天皇様が鵺の鳴き声にビビって病気になったから源のなんちゃらが矢で落として殺したんだよな」

「そういう端折り方をすると一気に鳴いてただけの鵺がかわいそうに思えてきますわね……」

「しかもだいたいあってるんですよね、これが。トラツグミの鳴き声らしいですが、不気味に聞こえるそうで。そんで、その鳴き声を恐怖のシンボルとして、鵺が連想されたと」

「……あら? ですと、鵺は人間の恐怖が反転して生まれた、人に害する妖ということになりますわよね?」


 鵺を見る。猿の頭が口を大きく開けてあくびしていた。


「……本当に?」

「ええ。ですが、あの鵺は雷属性の鵺。雷獣としての属性が付与されたライトニング鵺です」

「ライトニング鵺」


 メタル一反木綿といいフライングスネコスリといいジャイアント餓鬼といい、どうしてこう、この世界の敵性生物は名前がダサイのだろうか。


「雷獣はその出自が自然現象の雷だから、どうやら自然災害としての側面も持つようで。不用意に近づかなければ攻撃されたりはしないでしょう。先ほどは俺たちめがけて一直線でしたが……」

「落ちた後はどうでもいいと。そんな感じですのね」

「ええ。まあ、どちらにせよ、あれが降ってきて周りの妖も呼び寄せてしまう以上、新宿の平和は乱されています。――ようするに俺の敵だ」


 リューはすっくと立ち上がり、空を見上げた。

 曇天から、ぽつぽつと雨が降り始めている――。


「あいつが来てから、このあたりだけ、毎晩雨なんだ。雷雲がかかって星も見えない。雷雨のせいで焼かれた家もある。先週はこのゴミ山が燃えて、危うく大火事になるところだった」


 リュー・ノークランは言う。


「俺は弱いし、馬鹿だし、ヘタレだけど、それでも――あいつは放っておけない。だから、生徒会長――暁之宮のお嬢様、頼む。俺が弱い分、馬鹿な分、ヘタレな分、俺に足りてない全ての力を貸してくれ」





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