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ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐7





「おはよう、リリィ。今日もセントラル君と揃って――なんか機嫌悪いな。どうした。尊くないぞ」

「ごきげんよう、エドガー様。別にどうもしていませんわよ」


 とは言いつつ、僕自身、機嫌が悪いことは自覚している。

 昨夜、僕は亜理紗に【薬祖神】なる術式について、詳細を質問したのだが――


『申し訳ないが、リリィ君。これに関してばかりは、なにも聞かないでくれたまえ』


 と、取り付く島もない。

 ――お父様が探し、亜理紗が恐れるほどの術式。わたくしだけが知らないようですわね。

 そのせいで機嫌が悪いと、一度自覚してしまうと、子供の駄々のようで羞恥心が沸き上がって、さらに機嫌が悪くなる。

 悪循環だ。


「ふん。どうせ、わたくしなんて……都合の良いだけの女ですもの」

「……それ、キミが言えることかい? 最初から私を利用するために行動しているキミが」


 一方で、どうやら亜理紗も苛々しているようだった。

 どこか、焦っているようにも見える。いっぱいいっぱいで、いつものように飄々とした態度でいられないようだ。

 そんな態度が、さらに僕を不機嫌にさせるが、

 ――お父様のせいですわね。

 と、そう冷静に判断する僕もいる。

 【薬祖神】がどういうものか知らないけれど、その存在とお父様の関係が、彼女にストレスを強いている。

 それは仕方のないことだと思う――彼女の苛々は正当なのだ。

 だから、僕はなにも言わないし、なにも言えない。

 エドガーはそんな僕らを見て、やれやれと肩をすくめた。


「なんだ、痴話喧嘩か」

「違いますわよ。……で、エドガー様は朝からわざわざなんの御用ですの? この授業、エドガー様はとっておりませんわよね?」

「ああ、そうだ。用事があったんだった。ええとな」


 エドガーはきょろきょろと周囲を見回し、声を潜めて言った。


「リュー・ノークランから誘い――というか、依頼があった。新宿に出る(あやかし)退治を手伝ってほしいそうだが、どうにもその妖が妙でね」

「妙?」

「鵺らしいんだ」

「――は?」


 僕が驚愕に固まっていると、傍らで聞き耳を立てていた亜理紗が、しれっと口を挟んできた。


「雷獣か。攻略適正レベル80――熟練の戦士でようやく相手になるほどの妖が、どうしてまた新宿に」

「妙だと言ったろう? 出没理由は不明。毎晩出てきては雷を降らし、スラムは夜毎に大損害を被っているとか。新宿スラムの裏の顔役、おりん・スチュワートはこの件には我関せずを貫いているし、彼女がいる限り、あの辺りには陰陽寮の連中も手出ししづらい」


 陰陽寮――政府直轄の術師集団だ。明治2年に廃止され、官憲に吸収されたが、今でもこの名称は根強く残っている。

 ――妖退治のスペシャリストですの。

 通常、大型の妖魔が出現すると、彼らが出張ってきて解決してくれる。

 だが、新宿スラムは、その成り立ちと暁之宮の裏介入的な保護のせいで、官憲がほとんど機能していない。

 ということは、


「ちょ、ちょっと待ってくださいな!? 鵺を倒すつもりですの? わたくしたちだけで?」

「リュー・ノークラン曰く、鵺としては低級も低級だと。本来、鵺が持つべき力の半分以上が失われているらしい。新宿の夜を守ると息巻いていたが、あのヘタレ、どういう心境の変化があったんだか……」

「……無茶ですわ。たとえ半分程度の力しか持たない鵺であっても、鵺は鵺。正真正銘の化け物ですのよ」


 鵺討伐イベントは、一度クリアした後――2週目以降、夏に関西の山奥へ行くと発生するイベントだ。

 それが、新宿に出た。いや、よくよく考えてみれば、どこに出現しても大問題妖だ。あれほど強い妖は、居るだけで世界を歪めてしまう。

 人の世界を、妖気で狂わせてしまう。

 人里にはまず出てこないはずだが……出てきたならば、さすがに陰陽寮も黙ってはいられないはずだ。

 それに、おりんさん――彼女だって、顔役として、鵺を放置するとは考えづらい。

 なにか理由があると考えるのが妥当だ。

 ――バタフライエフェクト。わたくしか亜理紗か、どちらかの行動が影響している可能性だって、ありますわね。

 僕らの今生も、この世界に生きる人々の営みも、ゲームではない。彼らが世界を回していると、それは割り切った話ではない。

 けれど、僕か、あるいは亜理紗の影響で鵺が出現し、人々が傷ついているのだとしたら――


「――リリィ君、引き受けるべきではない。鵺は、私達に対処できる範疇を超えている」

「亜理紗。貴女……じゃあ、新宿の人々を見捨てろって言いますの?」

「そうじゃない。しかるべき機関に任せるべきだと、そう言っているんだ。いくら官憲が新宿に手を出しにくいからって、限度がある。鵺ほどの妖が暴れているなら、さしもの官憲だってそのうち――」

「そのうちって、いつですの? 毎夜、苦しんでいる人々がいますのよ? わたくしは暁之宮の女ですの。自分のシマで荒らす妖を放っておくことなどできませんわ」

「リリィ君、現実的な手段の話をしているんだ。私達には手に余る――ジャイアント餓鬼さえ倒せないような私達には、到底無理だ」


 その言葉に、思わず僕はむっとして言い返していた。

 当たり前の話だけれど、むっとしたということは、少なからず亜理紗の言葉が図星をついていたということに他ならない。


「なら、亜理紗は家で震えていればいいですの! この意気地なし!」


 この言葉を、僕は後になって死ぬほど後悔することになる。





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