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ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐2





 史実――正しいほうの――によれば、大正時代は女性のファッションが花開いた時代でもあるらしい。

 洋装が広く受け入れられるようになったからだ。

 実際、魔術学院は袴が主流だけれど、同じ地区にある普通の女学院はセーラー服を採用しているし、僕だってワンピースを数着持っている。

 編み上げブーツや手袋も当然ある。学校に行っているとなかなか使う機会がないけれど、華族の娘として、晩餐会みたいなものにはけっこう出るので、ドレスもいくつかある。


「今日はフォーマルな衣装で行く必要はありませんから、ワンピースにしましょうか」

「いいね。白いワンピース、日傘、ひまわり、蝉の声、青空、田園、縁側、そして、冷やし中華――」

「まだ四月ですし、オチでいろいろ台無しですの」

「麺ができたら冷やし中華も作ろう、リリィ君。もちろん夏にだよ?」

「あら。今から夏の予定を考えるだなんて、せっかちですわね」

「楽しいことを考えるのに早すぎるってことはないだろう?」


 ふふん、と楽しげに笑うシャーマン。

 僕はそんな亜理紗にため息をつきながら、彌生と一緒に服を見繕う。

 僕の、ではない。僕の服は、襟だけが白い、青いワンピースと編み上げブーツに決まっている。

 問題は、亜理紗の服装だった。なんとこの女、制服と寝間着と、他数着の森林術師の礼装しか服を持っていなかったのである。


「……まったく。それでも本当に女ですの?」

「女だよ。知っているだろう? さんざん触ったことだし」

「身体のことを言っているのではありませんの。心のことを言っているんですの」

「失敬な。これでも前世からずっと女だよ、私は」

「はいはい、そうですわね……。――って」


 マジ?

 いま、意外すぎることを聞いたような気がする。

 追求しようと口を開きかけたところで、


「お嬢様。このワンピースなど如何でしょうか」

「――と。彌生」


 侍女が声をかけてきた。

 ――彌生の前で前世の記憶の話をするのはまずいですわね。

 あとで聞こう、と決意して、僕は彌生の持ってきたワンピースを見る。

 襟だけが白い、青いワンピースだ。


「お嬢様とお揃いの服ですが、他意はありません」

「あの、彌生? 服に鼻血が着かないように気をつけてくださいません?」

「リリィ君、キミ、ついに鼻血のほうの心配することをやめたね……!」


 というか、青いワンピースは一着しか持っていなかったけれど、どこから出したんだろうか。


「ああ、これは予備です。お嬢様が気に入って購入された服は、私どものほうで予備を準備させていただいております。もちろんオーダーメイドを二着用意することはできませんので、可能な限りですが」

「……それはなにか、勿体ないお金の使い方にも思えますわね」

「ファッションは一期一会ですよ、お嬢様」

「ちょっと聞いたかい、リリィ君。『ファッションは一期一会』って、これ今年一番女子力が高いワードなんじゃないかい? さすがの私も負けを認めざるを得ない」

「そもそも最初から勝負が成立していませんのよ、貴女とは」


 しかし、ペアルックというのはなかなか恥ずかしい。

 なんとかいい具合に断ることはできないだろうか。「主人と食客が同じ服装をしていては舐められますのよー」とかそういう感じでどうだろうか。

 ――この言い訳でいけそうですわね。

 よし。


「ええと、亜理紗? 主人と食客が同じ服装をしていては――」

「着てみた」

「早い……!」


 驚きの早着替えだった。

 僕が言い訳を考えていた時間をいれても、1分も経っていない。

 驚異的な速度。神業の域に達していると言っても過言ではない技術だ。ていうかなんで僕の許可取らずに勝手に着てるの。馬鹿じゃねえの。


「ふむ。なかなか良いけれど、少しきついかな。腕が回しにくいというか……」

「あの、亜理紗? 勝手に着ておいて感想が『なかなか良い』とか、さすがのわたくしもキレますわよ? あと、その服けっこう緩めに作ってあるはずですけれど……」


 驚きの布の張り具合だった。

 僕の平坦な胸とは違う、圧倒的な脂肪分の暴力。

 驚異的な胸囲。神業の域に達していると言っても過言ではない乳袋だ。ていうか巨乳死ね。死んで僕にその脂肪くれ。


「……あの、リリィ君? なにか、殺意のこもった視線を感じる気がするんだけれど……」

「うふふ、亜理紗。『気がする』じゃなくてリアル殺意ですの」

「うわあこの子ガチだ……!」

「お嬢様、落ち着いてください。あと亜理紗様はとりあえずワンピースを脱いでください。布が伸びます。……まさかこれほどとは思いませんでした。迂闊でした。ペアルックおいしい」


 おい本音。


「しかし、彌生君。これ、ひょっとしてリリィ君の服ならなにを着ても胸が苦しいのではないかね? ――ちょっと待ってくれリリィ君、いまもうネタフェイズは終わって真面目フェイズだから。殺意を向けるんじゃない……!」

「そうですね。しかし、亜理紗様。お嬢様と同じランクの格好をするのはやはり食客としてどうかと思いますので、」


 それは最初に思いついておいてほしかった。さては僕らにペアルックさせるために言わなかったな。

 軽く彌生をにらみつけてみるけれど、彼女は素知らぬ顔で言葉を続けた。


「どうでしょうか。私の侍女服の中に、英国式のものがあります。やはり胸は多少きついとは思いますが、ひとまずそれを着て行っていただくというのは……」

「? 英国式の侍女服? というと、それは……もしかして、メイド服かね」

「ええ。そういう名前だったと記憶しておりますが」


 すると、亜理紗は少し顔を赤らめて、こう言った。


「……う、うむ。それは少し恥ずかしいな。いや、その、ちょっとコスプレっぽいというか……。リリィ君、どうだろうか。今日のところは、私は制服で行くというのは――」

「あら、亜理紗。メイド服が恥ずかしいんですの?」

「……普通の女子なら恥ずかしがるよ、あの服は」

「そうですの。じゃあ――」


 にっこり、と。

 僕は今日一番の笑顔で亜理紗に命じた。


「――貴女、今週はずっとメイド服で過ごしなさいな。これは貴女の雇い主としての厳命ですの」

「性悪だね……!」


 それはまあ、僕は悪役ですから。





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