ラーメン編『麺を作ろう! 終わった誰かの物語』‐1
自分自身が主要キャラクターであることで、僕はどこか勘違いしていたのかもしれない。
――わたくしがいなくても、世界は回るのですわね。
生徒会室に居た書記の少女。
まるでライトノベルのヒロインのように恋に生きる女子生徒。
僕や亜理紗のような存在とは違い、真実この世界に生きる生命。
そうだ。世界は回るのだ。僕の知らぬところで、僕の知らぬ誰かが、誰か自身の世界を回している。
バタフライエフェクト。僕の選んだ選択肢が世界に影響している――だなんて。
そんなこと、どうでもいいじゃないか。
影響しようがしまいが、人はそれぞれ自分自身の世界を回している。
だったら――僕は。
いや。
僕も、と言うべきか。
そろそろ、僕も僕自身の世界と向き合うときなんだろう。
それではみなさんお立会い。
僕の世界へようこそ。
御見苦しいところをお見せしますが、これより話しますはひとりの男のつまらない記憶。
いつかどこかの未来で終わった物語。
前世の話を、いたします。
☆
「その男。名前は伏せておきますけれど、それなりに知名度のある男でしたの。
「有名人というほどではありませんし、芸能人というわけでもありませんけれど、そう――著名人。
「いうなれば、著名人ですわね。正確には、その男の親が、ですけれど。
「その男自身は、親のネームバリューによって生かされてい程度の三流でした。
「なんの三流か、ですの?
「……ええ。あまり、良い感情を持っていなかったようですけれど、その男の職業は――料理研究家でしたの。
「知っています?
「料理研究家って、本当はそういう職業があるわけじゃありませんの。
「調理師や食品衛生管理の免許がなくても、名乗るだけなら誰でもできる程度の……そう、職業と言っていいかもわからない程度のもの。
「ですが、腕が良ければ、あるいはキャラクターが立っていれば、テレビにだって出られるような職業でもありました。
「事実、その男も何度か……出演しましたもの。
「ええ。
「いえ、そのアイドルとはお仕事していませんわ。好きですの?
「……けっこうミーハーですわね貴女。
「え? オリーブオイル? その方ともお仕事したことはありませんわ。っていうか話逸れてる。
「ともかく、わたくしの前世であるその男は、親の名前がついてまわるものの、それなりに良い地位でそれなりに良い暮らしをしていましたの。
「ですが。
「やはり、その男は、自分の職業に誇りを持ってはいませんでした。
「なぜならば、男にとって調理とはすなわち親から与えられた技術にほかならず。
「親の権威に縋った、ちょっとした特技に過ぎず。
「それを使って金銭を得ることは、男にとって自慢できることではありませんでしたの。
「むしろ、男は自分の技術を嫌っていた節もありますわね。
「男の技術は、模造に特化していましたの。
「親の教育が悪かったとは思いませんけれど。
「その男にとって、料理とは作るものではなく真似るもの。
「逆説――その男。
「真似以外で料理をすることが、一切できませんでしたの。
「創造力――もとい、想像力。
「自分で創り、造る、力。
「それらの一切が、欠如していたんですの。
☆
麺を作るための小麦を手に入れるのはそんなに難しくはない。
政府が推し進める蝦夷の大規模耕作計画。
本州では水稲による稲作が主流で、同じく蝦夷――つまり北海道のことだけれど――も多分に漏れず水稲をやっていたりする。
水稲。ようするにお米のことだ。なぜお米が主食として選ばれたかというと、これは酷く簡単な話で、日本にもともと多く作付けされていた田んぼをそのまま利用できるからである。
だから、星墜ち以降、水稲は帝国政府が国を挙げて取り組む一大プロジェクトなのだ。
――けれど。
人はお米だけでは生きることができない。
白米は美味しい。もちろんだ。
品種改良が進んだ前世の時代では、明確に味の差がわかるほどに多種多様で特徴的な美味しいお米がたくさんあった。
でも、それでも、やはり、人はお米だけでは生きることができないのだ。
特に、日本に流入してきた外国人勢力にとって、小麦の有無は死活問題と言っても過言ではなかったのだ。
「ゆえに、蝦夷では小麦の栽培も盛んですの。水稲栽培の裏作に小麦栽培を行う農家が多い……っていうのは歴史上の話で、森林術師ががっつり農耕に絡むようになった今なら、二毛作どころか年に10サイクルは米を作れるとかなんとか」
「そうだね。【地母神】特化の私でも、5サイクルは堅いと思うよ」
ようするに、年に5回も収穫できるのである。
小麦の需要は高いけれど、常に品薄というわけではない。
金さえあれば、手に入るし。
あいにく、金には困らない立場だ。
「そういうわけで、亜理紗」
「なんだい?」
「買い物に行きますわよ。準備なさい。可能な限り、女の子らしい格好で行きますの」
「……ほう? ということは、畜生街道ではないんだね?」
「ええ。あそこは肉を買うところですもの。今回わたくしたちが行くのは小麦を買えるところですわ。さあ、どこだと思いますの?」
「わかった! 小麦街道だね!」
そんな雑な推理が当たってたまるか。
けれどまあ、放っておけば当ててくれるような難易度でもないので、僕はそうそうに答えを言った。
「正解は、千代田。華族御用達の卸売商の本社がありますの」
そこに行けば、質の良い小麦を手に入れることだって容易いだろう。




