ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐26
白米を用意せよ。
茶碗に一杯。多すぎないくらいで良い。
白米を用意せよ。
炊き立ての温かい白米を。
白米を用意せよ。
けれど、それがすべてではない。
白米を冒涜せよ。
悪い子の食べ方を踏襲する。
白米を冒涜せよ。
刻んだ酢漬けの生姜を温かいご飯に混ぜ込むのだ。
白米を冒涜せよ。
さあ、準備は終わった。あとは――
「――豚骨スープを、かけますの」
「おお……!」
白濁した、うっすらと金色に輝くスープ。表面に浮いているのは、鶏皮からとった鶏油だ。
それを、細く刻んだ生姜を混ぜ込んだ白米を盛った茶碗に、そそぐ。
濃厚な豚骨の香りが鼻腔をくすぐる。
――ん。
きゅう、とお腹が声を上げた。
待ちきれないと、言っている。
「これ、これだよっ、これ……!」
「まあまあ、待ちなさいな」
湯気を立てる茶碗に、あるものを振りかける。
ぱらぱらと。惜しげなく。
途端、香りが一気に刺激的な風味を帯びた。
――胡椒。亜理紗の出したものを乾燥させて、挽いたもの。
俗にいう、黒胡椒だ。
さらに、生のにんにくをすりつぶしたものも、小皿に盛って傍らに用意しておく。
こちらはお好みで。
「さ、お待ちどうさま。ひとまず、ここまでこぎつけたお祝いに――召し上がれ」
「ありがとう、ありがとうリリィ君……!」
場所は暁之宮家の厨房。
僕らは行儀悪く、立ったまま、その料理――と言えるかどうかはわからない、豚骨生姜ご飯――に箸をつけた。
「――あ」
「――おお」
いや。
箸をつけた、なんて表現ができたのは、最初だけ。
もう、ふた口めからはそんなお上品なことはできなかった。
お上品な――令嬢みたいな被り物は。
ひと口食べるだけで、吹き飛んだ。
擬音を付けるなら、『がっ』だろうか。
つまり、僕らはがっついた。
誰も見ていないことを良いことに、茶碗に口をつけて、一心不乱にかっ込んだ。
「うまい、うまいよリリィ君……うぐ、なんか涙が……うう……!」
「なにも泣くことはないじゃありませんの。まだラーメンまで辿り着いてはいませんのよ?」
「うまいんだもの、仕方ないじゃないか」
確かに、うまい。
臭みの少ない豚骨と鶏ガラのスープ。味付けはシンプルに醤油にした。
まだ崩れるほどスープを吸っていない、硬めに炊いた白米が、スープと一緒に至福を作り出す。
ともすれば脂っぽくなる口の中を、生姜の鮮烈な爽やかさが洗い流し、くどさを感じさせずに食べさせてくれる。しゃきしゃきした食感も良いアクセントだ。
上品には程遠い。けれど、これがいい。これだからいいんだと、僕らは知っている。
美味しい、ではなく、うまい。そういう料理だ、これは。
「……は」
と、一杯食べ終わって、一息つく。
隣では亜理紗が、空の茶碗を見つめて、呆けている。
「……どうしましたの?」
「……うまかった。とても。リリィ君、本当にここは現実かい? 実は夢の中で、目覚めたらこの幸せは消えてしまうんじゃないのかい?」
「あら。じゃあ確かめてみたらどうですの?」
「そうする」
言って、亜理紗は僕のほほをぷにぷにした。
「現実だ……!」
「その方法だと判別つかないと思いますけれど、頭は大丈夫ですの? 大丈夫じゃありませんでしたわね、そう言えば」
仕方ないので、僕も亜理紗のほほをぷにぷにつついて、言ってやる。
「どうします? 夢が覚める前に、もう一杯。……明日が怖くないというならば、にんにくを入れるのもいいですわよね」
「もちろん、いただこう。……明日からダイエットかな、これは」
「あら、明日からは麺の試作に入りますわよ? 痩せられるとお思い?」
「ぐ。……ま、まあ、その辺は気合で行こうか。というかキミだって太る条件は同じだろう?」
「火属性魔術師の特権ですの。身体強化系の魔法を使えば脂肪の燃焼を進めることだってできますのよ?」
「ずるい!」
「でしょう! ……おかげで火属性魔術師には貧乳が多いんですの」
「……ああ……」
そんな眼で見ないでくれ。余計みじめに思えてくる。
とか、いつも通りのやりとりを挟みつつ。
研究開始から一週間。
思いのほか早く――僕らのスープは完成した。




