ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐25
そもそもの話、どうしてエドガーがリュー・ノークランに喧嘩を売ったのかといえば、どうやら彼の打算があったらしい。
「あいつ、新宿では陰から伺っていただけだったみたいじゃないか。助ける力があるのに。だから、っていうのもあるが、それはあくまでちょうど良いきっかけに過ぎないかな」
「と、言いますと?」
「生徒会長として、生徒を統べるだけの力は見せておかないと舐められちまう。特に、僕みたいな華族としてなんの力もないとこだとな」
「わたくしの婚約者としての貴方なら、ネームバリューは十分あるでしょう? 馬鹿にされたら暁之宮が黙っていませんけれど」
「いや、リリィ君。それだと、エドガー君が婚約者の女性に庇われている構図になってしまう。それはむしろ、エドガー君を馬鹿にする行為を助長するよ。……だが、なるほどね。あの身を挺したオーディエンスの守護と逆転劇も、情報操作の一環ということかい」
「そういうことだ。セントラル君は話が早くて助かる。だが――」
エドガーは、首を傾げて言った。
「なんで、僕はキミたちに拘束されているのかな?」
場所は生徒会室――エドガーの根城と言ってもいいだろう。
時間は昼休憩。ご飯の時間だ。
そんな時間に、僕らはエドガーを椅子ごと縄で縛りつけていた。
「今朝の無茶を、一応婚約者として面白可笑しく――いえ、ご心配の言葉を述べるべきだと思いましたの」
「ははは、さてはキミ、本音を隠す気がないな……? だが残念だったね、この部屋にはなんと僕の味方がいるんだぞ! おおい、書記君。助けてくれ!」
エドガーは、同室の隅の机でなにやら書類を纏めていた眼鏡&おさげの女子生徒に話を振った。
女子生徒は、鬱陶しそうにエドガーを見て、鼻を鳴らした。
「会長、喋ってないで早く作業してください」
「さらっと味方からも冷徹な反応が来たけど、僕はめげないぞ。書記君、まずは助けてくれないと作業もなにもないんだって!」
ほら、手、手! 縛られてる! と騒ぐエドガーに対して、書記の女子生徒は心底面倒くさそうに、訂正した。
「じゃあ会長。縛られていないで早く作業してください」
「おおっと、この書記問題は全部僕のところにあると思っているぞ……?」
「あと会長、今朝の『腕比べ』の件ですが、職員室に事後報告として諸々の書類を提出しておいてください。今日中に。じゃないと決闘罪が適応されると思いますので、ご注意ください」
「……今日中? マジで? ……あの、書記君? 手伝ってくれたりは……?」
そこで、書記の女子生徒はかちゃりとメガネを鼻の上に押し上げて、思い切り軽蔑している目でエドガーを一瞥し、
「はぁ?」
と言った。
仮にも華族であるエドガーに対して、えらくフランクな対応であるけれど、この女子生徒、正真正銘の平民だそうだ。つよい。
「……リリィ! なんとか言ってやってくれ! ほら、互いにそこまで望んでいる婚約ではないとはいえ、一応婚約者である僕が日々書記君からこんな扱いを受けているんだよ?」
「えぇー、でもぉー、わたくしぃー、それやっちゃうとぉー、エドガー様が平民を抑えきれずにぃー、暁之宮家の女風情に守られているって風評が立っちゃいますしぃー」
「おおっとこれは助ける気がないやつだぞ……! っていうか僕の墓穴か! そうか!」
でもまあ、軽く注意くらいはしておこうかと、書記の女子生徒の方に向き直ると、彼女はすっとお茶とお茶菓子を出してきた。
「粗茶ですが。それと、こちらは学院長がそれとなく流してきたお菓子です」
「あら、マフィン。珍しいですわね」
「琉球産のサトウキビを使っているから高級品だと学院長は仰っていました。リリィ・暁之宮様のお口にあえばよいのですが……」
「あら、あらあらあら。そんな、サトウキビのお砂糖を使ったお菓子だなんて、滅多に食べられませんもの。ありがたくいただきますわ」
と、椅子に座ってお茶を飲んでいると、後ろの方から「餌付け……!?」「ふむ、このカップリングもなかなか……」「ちょっと待てエドガー君、それ寝取られ鬱展開じゃないのかね!? よくない、それは良くないなぁ!」とか言いあっている。馬鹿だ。
「亜理紗、騒いでいないで貴女もこっち来て一緒にいただきなさいな。なかなか食べられるものじゃありませんわよ? あ、美味しい」
「おや、私の分もあるのかね。……いいのかい? 私はリリィ君の食客に過ぎないが」
「大丈夫です。どうせ会長の分ですから」
「そうか。ならば、遠慮なく……」
「気のせいかな、僕の御馳走が消滅した気がするんだけれど」
ちらっと書記の女子生徒はエドガーの方を見て、
「はっ」
「いやさすがにその対応は酷すぎるんじゃないかい書記君……!?」
「ふん、この部屋に女子を2人も連れ込むバカ会長はそこでそうしているのがお似合いです。しかも片方は婚約者ですし……。……せっかく2人っきりだったのに」
「え? なに? もう少し大きな声で言ってくれないかい?」
ごにょごにょ、とデレる書記女子。
……。
…………。
ん?
思わず、亜理紗と顔を見合わせてしまった。
――これ、もしかしなくても、そうですわよね。
「……ねえ、リリィ君」
「なんですの?」
「どうだろう、ノリでエドガー君を縛ったけれど、このまま解くのを忘れて出て行くというのは」
「いい案ですわね!」
マフィンとお茶も頂き終わったし、エドガーから決闘の理由もちゃんと聴けたし、もう用はない気もする。
――それに、シナリオから外れても、エドガー様にはちゃんと……相手がいるとわかりましたもの。
シナリオなんてなくても世界は回るのだと、こんなところで実感することになるとは思わなかったけれど。
書記女子とエドガーを見ていると、なんだか自然に微笑みが出た。
「じゃあ、わたくしと亜理紗はお暇しますわね。――書記さん」
呼びかける。彼女はきょとんとした顔で、
「はい、なんでしょうか」
と言った。
僕は笑って、彼女の耳元に口を寄せた。エドガーには聞こえないように、囁く。
「わたくし、親同士が決めた婚約になんて興味ありませんの。だから――頑張ってくださいませ」
ぱっと離れて、ウインクをして、くるりとターン。書記さんの驚いた顔をバックに、僕らは部屋を出た。




