ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐21
僕らが一日中出汁の試作をした次の日。
「……本音を言うと、今日も出汁を取って過ごしていたい欲はありますの」
「そうは言っても、リリィ君。二日連続サボりはさすがに良くないだろう。あと昨日死ぬほど味見したからきつい」
「前世の大学では、学校にいかない日の方が多い人だってたくさんいましたのに……」
「前世は前世、今生は今生だよ。というか、そもそも前世であっても大学サボるやつに碌なやつはいないよ」
亜理紗と通学途中である。
またしても馬車だ。昨日はしっかり寝たので、以前のようなトラブルが起きることはない。
――あら、そういえば……トラブルと言えば。
「昨夜はわたくしのベッドに忍んでいらっしゃいませんでしたわね、亜理紗」
「ははは、実は一度潜り込んだけれど、速攻キミの寝相に捕捉されたので頑張って逃げて廊下で寝ました」
「どんな寝相ですの、それ……?」
「……それはもう、とても言えないような、こう」
亜理紗は頬を赤らめながら眼前で右手と左手をくねくね絡ませた。昨夜の再現をパントマイムで示しているようだ。
「こう……こんな感じで……」
「なんだか手の動きが卑猥」
「そしてこれがこうなって……」
「右手がグーで、左手がチョキで……?」
「かたつむり」
「どんな寝相ですの、それ……!?」
いやまあ僕の寝相なわけだけれど。
僕としては、寝るときも起きるときも同じ姿勢でいるつもりなんだけれど、どうやらいろいろしっちゃかめっちゃかに動いているらしい。
――まあ、なにかに抱き付いて寝るのは嫌いではありませんけれど。
安心感がある。安心できれば、よく眠れる。
当たり前の話だ。できれば柔らかいもののほうがいい。
――ああ、だから亜理紗に抱き付くんですのね。無意識で。
柔らかそうというか、実際2度ほど頭から突っ込んだけれど、柔らかかった。あれは良いものだ。妬ましい。
「そういえば、リリィ君。昨夜、暁之宮様――キミのお父様は帰ってこられなかったけれど、あれはひょっとして……」
「ええ。人造妖魔計画の調整ですわね、たぶん。普段からあまり家に居付かない人ですので、気にすることでもありませんの」
「そうか。では――」
そこで、亜理紗は少し躊躇した。
僕は首を傾げて、問う。
「どうしましたの?」
「ああ、いや。少しデリカシーに欠ける質問をしそうになってね。うん、やはりやめておこう。済まない、リリィ君」
「そうですの」
僕は彼女が薄く微笑むのを見て、微笑み返した。
そして、言った。
「お母様でしたら、とうの昔に亡くなりましたわ。ゲームの設定では出てきませんもの、亜理紗が気になるのも仕方ないことですのよ」
「……そうか。済まない」
「聞かれてもいないことを答えたのはわたくしのほうですわ。亜理紗が謝ることはありませんの」
だいたい、と僕は続けた。
「母が死んだのは、わたくしを産んですぐという話ですの。記憶にない人を惜しめるほど、希望的観測ができる人間ではありませんわ。それに、母替わりというわけではありませんけれど、侍女の彌生もおりましたし、わたくし、別に寂しくはありませんでしたのよ」
「なるほど。しかし、それでもやはり、きちんと謝っておくよ、リリィ君。勝手にいらぬ同情をしてしまったことを、だ」
「律儀ですわね。貴女、やっぱり損するタイプでしょう?」
「キミほどではないよ、リリィ君」
その言葉に言い返そうとしたその時、馬車が止まった。
「――と。着いたようだね」
「そのようですわね」
けれど、扉が開かない。
怪訝に思っていると、外から声がかかった。彌生だ。
「お嬢様。少々問題が」
「どうしましたの?」
「いえ、学院の正門前には着いたのですが、すごい人だかりで。どうやら、どなたかが決闘をなさるようで」
彌生の言葉に、亜理紗が首を傾げた。
「決闘? 決闘は刑法で禁じられているだろう」
「ええ。その通りです、亜理紗様。ですが、ここ学院ではルールを定めた『腕比べ』が推奨されております。おそらく、それが適応されたのかと」
「ちょっと待ってくださいな、彌生。だとすると、学院の生徒同士の私闘ということですわよね? 誰ですの?」
前世の記憶に、決闘なんてイベントはなかった――いや、あるにはあったけれど、4月ではなかった。夏の武闘大会でのイベント――そちらも同じく『腕比べ』扱いだけれど――だったはずだ。
だとすれば、これは――バタフライエフェクトの産物か。
「それがですね、お嬢様。双方とも、名前は有名です。というか、1名はお嬢様のお知り合いというか、それ以上の関係と言いますか……」
「彌生? まさか、その決闘って……」
「はい。1名は1年生、主席合格のリュー・ノークラン様です。もう1名はお嬢様の婚約者、2年生で生徒会長のエドガー・鬼島様です」