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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐20




 血合いの色が変わったら、アクだらけの茹で汁を捨て、骨を水に晒して冷やす。

 そして、骨を割り、指を使って赤黒く固まった血合いを丁寧に、ひたすら丁寧に取り除いていく。

 ――このぬめぬめした脂っぽい感触がなんとも言えない……嫌悪感ありますわよね。

 けれど、数分もすればなんとなく慣れてきて、コツもつかめてきたので、2人がかりでさくさく取り除いていく。


「……こういう地味な作業って、誰かと一緒じゃないと飽きるね。まあもちろんキミと一緒ならなんだって飽きることはないけれど」

「口より手」

「はい」


 と、そんな風に地道に作業すること数分。


「……まあ、だいたい取れたかな」

「で、こちらに先ほどの鍋をきれいに洗ったものがありますの。ここに水を入れて」

「入れて?」

「もう一度、骨を入れて沸かしますの。今度はお望み通りネギをぶち込んで差し上げますわ」


 前世の記憶。ラーメンを作ったことはないけれど、前世の職業柄――前世の彼は、あまりその職業が好きではなかったようだけれど――か、ざっくりとした知識だけはあった。

 もちろん、知識と実践は違うものだし、足りない知識もたくさんある。


「とりあえず1本まるごと突っ込みますわね。今回はまだ施策の段階ですし、調整は次回以降に持ち越しましょう」

「ここまで30分ほどしか経っていないけれど、けっこう疲れたね。だが、あとは待つだけだろう? 案外、なんとかなりそうだね」

「そんなわけありませんの。これから交代でアクをすくってとりながら、そうですわね。最初ですし……とりあえず1時間で様子を見てみましょうか」

「1時間か。これまた、少し重労働になりそうだ」

「そうですわね。けれど、量もあまり多くはありませんし、それほど時間がかかるとは思えませんわ。もしかすると、この1回目でそれなりのものができたりするかもしれませんわね」


 と、言っておく。

 ――まあ、それなりのものは所詮それなりなんですけれどね。店の味からは数段落ちる『家で出来る』程度の味……なまじ美味しいものができてしまえば、それだけ『店の味』が恋しくなりかねませんの。

 結局、家ではなく店でものを食べるという行為は、技術と時間を金と交換している行為に他ならない。

 それは、返して言えば、技術と時間さえ手元にあり、なおかつそれを為す気概さえあれば、己自身で『店の味』を作れるという意味でもある。

 ――とは言ったものの、串打ち3年裂き8年焼き一生……は、ウナギの話ですけれど、料理という技術にかける時間的リソースは、それこそ一生レベルですものね。

 有名店で10年修業した店主が開いたラーメン屋が、行列ができるほどに流行るのは、有名店で修業したという名声があるからではない。

 もちろん、名声の影響がゼロだとは言わないけれど――店主が修行先で経た10年間で得た技術が、客が並ぶという苦を飲み込むほどに交換価値があるものだからだ。


「……まあ、しかし、当たり前だが豚骨の匂いがするね」

「ええ。どうですの? 久々の豚骨の匂いは」

「さっきからお腹がぐうぐうと悲鳴を上げているよ。……そうだ、リリィ君。そういえば、どうしてスープから作り始めたんだい?」

「どうしてって……それが一番時間がかかるものですもの。ラーメンを構成するものは、出汁、タレ、麺……ですが、タレも麺も、スープほどには時間がかかりませんのよ。わたくしたちの場合に限っては、ですけれど」


 というか、厳密にいうと、その3つに分解して説明するやりくちはやや不十分だ。

 タレを出汁で割ったものがスープである。ではそれだけでスープと言えるかどうかと聞かれれば、僕は首を傾げるだろう。

 なぜなら――脂。

 豚の背脂が浮いているラーメンは、結構メジャーだ。浮いていないラーメンであっても、結構鶏油(チーユ)を浮かべたりしている。ちなみに家系ラーメンは鶏油。

 それら2つの見分け方は簡単で、熱いスープに溶けず白く浮いているほうが背脂だ。鶏油は常温で液状になるため、熱いスープに注がれている状態では必ず液体である。

 話が少しそれたけれど、ようするに『浮かべる油はスープに含まれるか否か』だ。店によっては油を追加しないところもあるだろう。すると、これらの油はスープに必須の構成要素ではないのかもしれない。

 細分化していけば、ラーメンという料理は意外と繊細な構成要素の組み合わせによる『掛け算の料理』だとわかる。それこそがラーメンをガラパゴス的に進化させ続けた日本人が生み出した『自由度』に他ならない。


「出汁、油、タレ……これら3つでスープ。麺は中太、極細などのサイズから、多加水麺などの『水の配分による差』により生まれるものなど、膨大な種類がありますの。具の組み合わせ、種類の多さなんて語るまでもありませんわよね?」

「まあ、文字通り無限大だろうね」

「ええ。正直、時間をかけるならば、それぞれの構成要素に1年ずつだって10年ずつだって研究時間を費やせますわね」

「……気が遠くなるような話だね」

「ですけれど、わたくし達は到達目標を家系ラーメンに絞っていますわ。だから、出汁が一番時間がかかるんですの……というか、出汁以外に時間はそれほどかかりませんの」


 なぜならば、


「出汁は豚骨と鶏ガラ。油は鶏油で、タレは塩か醤油。醤油ダレであればチャーシューの漬け汁を流用するのが一般的ですわね。麺は中太。作るのが難しい多加水麺でなくても良い。具はチャーシューとほうれん草、海苔。ここまで定型が決まっていれば、出汁さえクリアできれば試行錯誤の幅もぐんと狭まりますわ」

「なるほど。ラーメン本来の『自由度』が1つのものに向けられているから、私達は100年を積み重ねずに、100年後に至れるわけか」


 亜理紗は苦笑した。


「私が食べたいと我儘を言った手前、あまりこういうことは言うべきではないのかもしれないが……なんだか申し訳ないね。努力を踏み倒しているようで」

「事実、そうですわね。貴女は行うべき努力をショートカットしていますの。貴女はかけるべき『時間』を支払っていませんもの」

「……いや、手厳しい。本当にキミは、手厳しいね」

「ええ。ですが、まあ、このやり口は――未来、行われるべき努力を踏み倒して贋作を作ろうとする悪行は――逆に好ましいものですわね。わたくしらしいと、そう言いましょう」


 僕は言った。


「わたくし、悪役ですもの」





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