ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐18
骨からとる出汁には大きく分けて2種類ある。
清湯と白湯だ。
「清湯はその名の通り清いんですのね。濁っていないものを指します。白湯は逆に、濁っているものですわね」
「ふむ。鶏ガラが清湯で、豚骨が白湯だろう?」
「まあそういう勘違いはよくありますけれど、違いますわ」
イメージの問題。
定着した印象というものは、思いのほか強烈だ。
「鶏ガラが透き通った茶色がかったスープであるという印象が強いのは、まあ、たぶん、日本一有名なチキン系インスタントラーメンがその色だからですわね」
「……ほう」
醤油ラーメン、塩ラーメンは透き通っていて、豚骨ラーメンは濁っている――という勘違いがある。
これはそもそも、語るべきレベルが違うのだ。
醤油、塩は味付けのレベルの話――タレの段階での違いであり、豚骨かどうかは出汁、スープのレベルの話である。
好きなラーメンは3つのうちどれ? 醤油、塩、豚骨――なんて質問があるけれど、これはちゃんちゃらおかしい質問なのだ。
だって、多くの豚骨ラーメンは塩で味付けされた塩ラーメンなのだから。
そして、逆もまた然り。醤油で味付けされた豚骨醤油ラーメンだって同じくらいある。
「で、逆に豚骨が白湯って印象が強いのは、たぶん博多ラーメンの影響ですわね。貴女、豚骨ラーメンの発祥は久留米市とおっしゃっていましたけれど、知っています? 最初の豚骨ラーメンは清湯だったと」
「そうなのかい? マジでか」
「ええ。――そんな世界が終わったかのような顔で驚かないでくださいな。いいですこと? 豚骨ラーメンが白湯になったのは、ある日店主が清湯をうっかり強火で煮込みすぎたからですの。それが美味しかったから店に出したってことでしょうけれど」
「……驚いた。いや、食通気取っていたけれど、全然知らなかった」
「まあ、食べて美味しいと言うだけなら蘊蓄なんて必要ありませんもの。知っていた方が美味しく感じるタイプの人もいますけれど、知らなくても美味しくいただけるなら、無駄な知識ですわね」
「ふむ。では、あれかい? 鶏の白湯スープもあると」
「ありますわよ? もちろん。わたくし、前世では鶏白湯スープのお店が行きつけでしたの。美味しいんですのよ」
濃厚な鶏の旨みがまろやかに口の中に広がる瞬間は至福だった。
「前世の記憶によれば、鶏清湯と豚骨白湯のダブルスープだったりするお店もあったようですわね。その逆もあったようですし。魚介関連のスープまであわせて素材も考慮すると、もう途方もない数の組み合わせですの」
「……ううむ、もしかして。ラーメン作りって、すごく難関だったりするのかい?」
「21世紀の日本では、家庭でも比較的材料が手に入れやすく、火力も確保できましたし、家で出汁を取る方もいたようですけれど、まあ……この時代では、鰹節を茹でるように簡単にはいきませんわね」
というか、今更その質問か。
「ですが、家系ラーメンに絞るなら、比較的楽ですわよ。豚骨白湯オンリーか、あるいは鶏白湯との混合をベースに鶏油系だけという話なら、試行回数もそれほど膨れ上がりはしませんわよ」
「……何度も繰り返すことは前提なんだね?」
「当たり前ですわ。食べたいんでしょう? 美味しいラーメン」
うん、と亜理紗は頷いた。
「だったら、トライアル&エラーあるのみですわ。最初の1回で上手くいくなんて、そんなバカげた話――この悪役には似合いませんの」