ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐17
さて、馬鹿なことをやっていないで、起床――といっても、すでに昼過ぎ。
よく寝たというか、少々寝すぎたきらいもあるけれど、2徹していたのだから仕方ないと考えることにする。
すでに当家、父親は出勤――どこでなにをしているのは知らないけれど――しており、僕は堂々とサボりの午後を謳歌できるわけである。
「……リリィ君、すごくすっきりしている顔をしているけれど、キミ、私にそれなりにトラブルな感じのことをしていた件についてなにか釈明はあるかい?」
「わたくし寝ていましたし、そもそも人のベッドに勝手に入り込んできたのは貴女ではありませんの? 寝相が悪いのは生来ですもの、そうそう簡単にコントロールできるものではありませんのよ」
「正論だ……! ずるいぞ!」
「正論はずるくありませんわよ。正論で殴りかかる人がずるいんですの」
というか、そんな話はどうでもいいのである。
厨房。煉瓦の壁を持つ土間という、いささか和洋折衷に富みすぎた趣向のこの部屋で、僕らは白と赤の乱れた模様と対面していた。
つまり――骨だ。
「おりんさん、まさか一夜で用意してくれるとは、ありがたいですわね」
「ああ。こう、前世ではテレビ越しに見ていたりしたけれど――なんというか、グロくないかいこれ」
「そりゃまあ死体から切り取った中身ですもの。グロいに決まってますわよ」
「死体っていう言い方やめたまえ」
「この豚さんや鶏さんにも親兄弟がいたんですわよね……」
「やめたまえ……!」
ぬあーとか言って悶える亜理紗を一瞥して、僕は骨に向かって手を合わせた。
「……ふむ。それは自己満足ではないのかな、リリィ君」
「あら、亜理紗。そうかもしれませんけれど、でも、わたくし――悪役ですもの。全ては己の欲望を満足させるため。ならば、こうして手を合わせるのも悪くはないでしょう? ――いいえ、むしろ悪いのかしら。悪役だけに」
亜理紗は苦笑した。
「キミは捻くれているのかまっすぐなのかわからないね。そういうところも素敵ではあるけれど、役に囚われすぎると抜け出せなくなってしまうよ?」
「とっくに抜け出せませんわよ。――貴女、騎士なら連れ出してくださいませんこと?」
「これは手厳しい。私の姫は難攻不落で困る」
亜理紗も、手を合わせた。2人で並んで、骨を見る。
「……生命を頂く、か。前世では当たり前にスーパーに並んでいた、フィルムに押し込められた赤い血肉は、食われるために育てられた家畜だったんだろうね」
黙って頷く。亜理紗は困ったような微笑で、こう続けた。
「けれど、私達はこれから生きるためには不必要な快楽を血肉から得るわけだ。食とは案外残酷な行いである――と、まあ、そんなことは当たり前だね。こうして手を合わせるのも、自己満足なのかもしれない。だが――知っているかい? リリィ君」
「? なにをですの?」
「食事の前に、手を合わせるだろう? あれも本来は仏教の挨拶が由来なんだ。ならば――どうだろう。この場では、おそらくそのほうがいいんじゃないかな」
「……そうですわね」
じゃあ、と互いに言いあわせて、僕らは言った。
「「いただきます」」