ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐16
前世の記憶によれば、僕という個人は朝に弱く、目覚めたら大学の教授から鬼のように着信履歴が積み重なっていた――ということがよくあった。
だからといって、今生の僕も同様に朝に弱いということはなく、むしろ目覚めは良い方で――それはおそらく、生活習慣が規則正しいということもあるのだろうけれど――寝坊など、したことがない。
たとえ2徹のあとだろうと、若干15歳の肉体は健気にもいつも通りの時間に目覚めてしまうのだ。
そんなわけで、おはよう世界。
まぶたを開いた僕の視界に飛び込んできたのは、健康的な肌色だった。
「ん……」
などと、色っぽい声を上げて眠る少女が1人。寝間着の胸元が肌蹴て巨乳の谷間が見えている。そう、つまり、これは、
「おっぱい……!」
そう、亜理紗のおっぱいである。なぜか僕のベットに潜り込んで寝ている。ラノベのヒロインかよ。
――けれど、これは馬車の中での2度とあわせれば3度ネタになりますわ……!
「って、そうじゃなくて」
布団を持ち上げて、上半身を起こす。気持ちの良い朝だ。壁にかけた振り子時計によれば、朝の6時らしい。大きくものっぽでもないただの振り子時計だけれど、デザインが良いので気に入っている。
時間的に学校には間に合うけれど、しかし――悩む。
なにせ、眠い。
対外的な、それこそ令嬢としては休むべきではないだろうけれど、それでも眠いものは眠い。昨日と違って、肉体的な疲労も大きい。授業中寝る可能性は非常に高い――眠気を堪えるとか無理。
ならば、いっそ仮病でも使って学校を休んでしまうほうが、スマートな答えなのではなかろうか。
「――よし」
僕は巻き戻しのように横になって布団を被り、ついでに3度ネタ対策として熟睡中の亜理紗を転がして向きを逆にし、目を閉じた。
そのうち彌生が起こしにくるだろうけれど、体調がすぐれないと言い張ってなんとかしよう。
そんなわけで、おやすみ世界。
☆
「うふふ、ノックしても返事がないなんて、今日のお嬢様は珍しくお寝坊さんですか? ――って、あら、亜理紗様、それどういう状況ですか」
「起きたら抱き枕にされていたんだ。他意はない」
「なるほど……おっと失礼、鼻血が」
「ははは、気にすることはない、存分に流したまえ――ひゃっ」
「はい? どうしました?」
「ああ、いや、なんでもない。ただ少し、寝息がうなじにかかっただけだ」
「なるほど。ところで亜理紗様」
「なんだい?」
「両方の鼻の穴から鼻血が出たときはどうすればよろしいでしょうか」
「さあ。生き方を改めるとかかな……?」
「それは無理ですね」
「無理なのか。それはまた難儀なカルマを背負っているね、キミは……ぁやんっ」
「はい? どうしました?」
「ちょ、ちょっとリリィ君、そんなところに……こら、へそを撫でるなっ」
「…………」
「くそ、どうしてそう寝ているだけなのにうまく絡みついてこれるんだいキミは……!? 暁之宮家では関節技とか寝技とかも必修なのかいっ? ええい、彌生君、リリィ君を剥がすの手伝って――彌生君? どうして床に倒れているんだい?」
「…………」
「……し、死んでる……!」
「……いえ、死んでいません。至近距離での百合えっちに鼻血を出しすぎて貧血になっただけです。心配なさぶばっ」
「床に血だまりが……!」
「ふふ、ここが私の死に場所ですか」
「もっとマシな死に場所を探したまえ! というか死因:百合の絡みを見たことによる鼻血ってそれ死んでも死にきれないだろう! 馬鹿らしすぎて!」
「……ああ、百合の天使が見える……」
「待て、行くな。行く前にリリィ君を剥がしてから――や、やぁんっ、リリィ君、そこ、やぁ……やだよぅ……!」
☆
起きたら真っ赤な顔の亜理紗に寝相が悪すぎると怒られ、真っ青な顔の彌生に親指を立てて賞賛された。
どうしてそんなことになっているのかは分からないけれど、なにやら良い夢を見ていた気がするので、まあいいかと思うことにした。
床の血痕は見なかったことにした。