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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐15





 数は力であるはずだった。

 数は暴力であるはずだった。

 数が多いほうが有利であるはずだった。

 そんな常識を覆す個性を、英雄と――そう呼ぶならば。

 おりん・スチュワートは間違いなく英雄だ。


「燃えて死ね」


 詠唱など不要。

 ただ願望を告げるのみ。

 それだけで、彼女に付き従う炎の精霊は、フライングスネコスリの残党を焼き尽くした。

 さらに、それで終わりではない。

 ジャイアント餓鬼。

 このイベントのボス。

 身長3メートルはあるだろうその妖も、おりんさんの炎の前ではあまりにも無力だった。

 荒れ狂う炎がジャイアント餓鬼に襲い掛かり、妖気が燃えるとき特有の青い炎を上げ、ほんの数十秒で焼き尽くした。

 残ったのは、ジャイアント餓鬼が武器にしていた棍棒だけ。

 それだけ。

 あとは残らず消滅した。


「……嘘だろう」


 亜理紗がそう呟く。

 僕も気持ちはわかる。

 けれど、どうやら――現実らしい。

 おりん・スチュワートはたった1人で、傷ひとつ負わずに妖を全滅させた。

 僕らの陥っていたピンチはなんだったのかと思うくらい、あっけなく、その夜の冒険は終了した――。


「いや、終了しないでくだせえ。お嬢様、どうしてこんな時間にこんな場所に」


 当たり前だけれど、玲王・暁之宮の情婦であるおりんさんが僕の夜遊びを見逃すはずがなかった。

 彼女は僕に回復アイテムである霊薬を手渡して、飲ませた。すう、と身体の痛みが楽になっていく。まるでヤバいお薬である。

 ――お父様に夜遊びがばれるのは避けたいですの……。

 避けたい、というか。

 避けなければ、今後の活動に支障をきたすだろう。

 妖との戦闘イベントに今後も介入していくならば――もうこりごりという気もするけれど――丑三つ時は自由に行動できなければならない。

 だから、僕は上手くごまかすことにした。


「そ、それは……亜理紗が」

「変化球……! リリィ君、気持ちはわかるがナチュラルに人のせいにするのはやめたまえ……!」


 う、と言い詰まってエドガーの方を見る。

 いない。いつの間にか僕の持っていた日本刀も忽然と消えている。


「……婚約者おいて逃げやがりましたわね、あの野郎……!」

「……はあ。お嬢様、こっち向いてくだせえ」

「うう……はいですの」


 おりん・スチュワートと向かい合う。彼女の方が、少し背が高い――。

 彼女はかがんで、僕と目線をあわせた。


「あんまり無茶するもんじゃねえです。……お父様に心配かけるもんじゃあねえんですよ」

「……あの人は、わたくしの心配などしませんわよ。わたくしの血が途絶えることだけが心配――」


 ぱち、と軽く頬を叩かれた。本当に軽く、だ。

 驚いておりんさんをまじまじと見つめてしまった。

 彼女は困ったように苦笑して、言う。


「そんなことねえです、と――言えないところが、暁之宮家の宿命ですかねえ。だから、今の張り手はあの世にいらっしゃるお母様のぶんと考えてくだせえ」

「……ずるいですわ」


 つい、そんなことを言ってしまった。

 たぶん、今の僕はすごくふてくされた顔をしているだろう。視界の隅で「ふくれっ面だ! かわいい!」と騒いでいる馬鹿がいるけれど、僕の周りには空気を読める人が異様に少ない気がする。


「……おりんさんにそんなこと言われたら、反省するしかないじゃありませんの」

「ふふ。ずるくて結構でごぜえやすよ。なんせ、おいら、こずるい小悪党ですからねえ。――さて」


 と、おりん・スチュワートは視線を少年へと向けた。


「迷惑をかけたな。お前の家はちゃんと建て直してやっから、安心しろ。――リュー、いるんだろ? 出て来い」


 リュー? と亜理紗と顔を見合わせる。

 それは、リュー・ノークランのことだろうか。

 その時、闇夜からぬるりと1人の男が現れた。

 黒髪黒目、着ている服からなにからすべてが黒いツリ眼のイケメンだ。

 そいつは少しばかり僕と亜理紗を見て――すぐに目を逸らした。


「いるよ、おりんさん」

「お前、この子のために家を建て直すよう手配しろ。傷の手当てもしてやれ」

「わかった」

「それと、お前。見ていたのに、助けなかっただろう」

「……それは、機会をうかがっていただけで……」

「このヘタレが」


 おりんさんが吐き捨てるように罵声を浴びせているけれど、僕はそれより前のセリフが気にかかった。

 ――見ていたのに助けなかった?

 それはつまり、この男……リュー・ノークランは、僕らを助けずに見ていたということか。

 だとすると――僕の知っているリュー・ノークランというキャラクターとは齟齬が生じていることになる。

 正義の味方。意外と情に厚い男。闇夜を駆け、妖を狩り、人を助ける――そんなキャラクターが、僕らを助けるでもなくただ見ていたというのか。

 すっと横に来た亜理紗が、僕の耳元で囁いた。


「可能性はふたつ。バタフライエフェクトでキャラクターが改変されているか、あるいは転生者か。どちらかだと思う?」

「……今はなんとも言えませんわね。それに、推理はわたくしの領分ではありませんもの」


 けれど、情報は手に入れておきたい。


「おりんさん、そちらの方はどなたですの?」

「ああ、失礼しやした、お嬢様。こいつはリュー・ノークラン。このあたりのシマで便利屋やっとる阿呆です。口は堅いから安心してくだせえ」

「あら、そなんですの。……もしかして、魔術学院に首席合格したノークランさん?」

「そうなのか? リュー」


 おりんさんに問われて、リュー・ノークランはしぶしぶ頷いた。


「そうです。そういうそちらは、暁之宮のお嬢様でよろしいですか」

「ええ。もちろん、わたくしがこんな時間にこんな場所にいたことは他言無用ですわよ」

「わかりました。誰にも言わないので殺さないでください」

「……なんというか、リリィ君。すごいな、キミの家! 絡んだら殺されると思われているよ?」

「否定できないのがまた悔しいですわね……」


 もちろん、僕は殺さないけれど――玲王・暁之宮なら、殺すかもしれない。

 ――ダメですわね、頭が働いていませんの。

 いろいろと情報は増えたし、足りない情報もあるけれど、それよりもなによりも。


「亜理紗」

「なんだい?」

「帰って寝ますわよ」

「その提案は大賛成だ」


 まずは寝ようと、僕は思った。





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