プロローグ‐2
この世界には魔法がある。
魔力を用いて神秘を操るそれは、体系化した技術であるという点においては科学となんら変わらないと僕なんかは思ってしまうのだけれど――ともかく魔法だ。なんか火とか出せる。
世界のゲーム的な在り方のせいだろうか。魔法には属性があって、人によって操れる魔法の属性が違うのだ。
僕であれば火。
エドガーは水。
そして、亜理紗・セントラルは土だ。
「……つまり、ええと、貴女――わたくしの炎熱魔法を使って料理がしたいと、そう仰っていますの?」
「そうだとも、レディ。そして可能ならば、同じ食卓を囲いたく思っている」
僕は顔を顰めた。この発言は、余りにも不敬だ。
「……身の程を知りなさいな、農家の娘風情が」
「ふむ、農家の娘風情……か。手厳しいものだね。食卓のあとは一緒にお風呂とかパジャマパーティとかあるけど、どうだね?」
「却下ですわ! エドガー様もこの失礼な女になにか言ってやってくださいな!」
エドガーも僕と同様顔を顰めて、真面目くさった口調でこう言った。
「もう少し女子同士でイチャイチャしてくれないか」
「一生黙っててくださいな!」
「なにか言えって言ったのは君じゃないか!」
「……」
シンプルに無視した。
「というか、レディ。少々込み入った話になるが……噂からキミは違うとは思っていたけれど――」
亜理紗・セントラルは、くすりと笑う。周囲から、きゃあ、と黄色い声が上がった。女子から。大丈夫かこの学校。
「キミは、どうやら御同輩らしいね」
「同輩……? どういう意味ですの? わたくし、王都東京で生まれた生粋の都会人で、上流華族ですわよ? 貴女のような農民と一緒にしないでいただけませんこと?」
「ほら、それだ。私が農村の出と知っているじゃないか。初対面なのに」
あ、と口を抑えるが、もう遅い。エドガーは不思議そうに首を傾げた。
「そういやそうだな。なんでわかったんだ、リリィ」
「オンナノコ同士だからさ、ねえ。レディ」
エドガーが期待のこもった目でこちらを見ている。ここで肯定したら、面倒な勘違いが加速するような気もするけれど……仕方ないか。
僕は謎の敗北感を感じながら、不承不承頷いた。
「……そうですわ……そういうことにしておきますわよ……オンナノコには色々ありますの」
「なるほど。それは尊いな」
「あの、自分で言った手前こんなこと言うのはアレですけれど、貴方それでいいんですの……?」
ともあれ馬鹿で助かった。
――しかし、この女は……いえ、この女も、と言うべきですわね。
15年間生きてきて、自分以外にそれらしい人物がいなかったから、いないものだとばかり思っていた。
この女は――僕と同じく、転生者だ。
「貴女も記憶をお持ちですのね?」
「ああ。私も持っているとも。前世の記憶を。――どうだろう。少し話さないか、レディ。すでにゲームのシナリオは崩れている。私が崩した。ならば、これからどうしようかと、そういう話をするべきだ。そうだろう」
「……そうですわね。貴女は対処しなければならないイベントですものね。いいですわ、入学式のあと――校門前でお待ちになってくださいな。馬車の中ならば、誰に話を聞かれる心配もありませんのよ」
「ドライブデートだね」
「リリィ、駄目だ! そんな……出会ったばかりでいやらしい!」
「エドガー様のお脳はどこでなにをどう間違えてそうなってしまいましたの……?」
原作のゲームにエドガー百合厨設定はなかった。普通のイケメン生徒会長だったはずだ。
現実をそろそろ信用できなくなってきた僕に助け舟を出したのは、一番現実離れしたシャーマン系女子だった。
「んん……レディ。この世界をあまりあのゲーム世界と重ねてみるものではないよ。あとで詳しく話すけれど、この世界は――シナリオなんてものが通用しないからね」
通用しない?
それはどういう意味だろうか。
「……まあ、とりあえずは承知しましたわ。でもその前に、ひとつ言っておくべきことがありますわね」
ん? と首を傾げる亜理紗に、自分はキツめの口調で言ってやった。
「わたくしのことをレディと呼ぶのはやめなさいな、亜理紗・セントラル。わたくしにはリリィ・暁之宮というちゃんとした名前がありますの」