ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐14
ヒーローは遅れてやってくるという。
けれども、冷静に考えてみれば、遅れてやってくるよりも、きっちり間に合うようにしてくれたほうがはるかにヒーローとして有能だし、可能ならば事前にピンチを排除しておくべきだろう。
そうならないのは、ヒーローがヒーローであるからだ。恒常的に平和を保つために活動するのは、もちろんヒロイックな行いではあるけれど、それは『ピンチにならないよう努力してくれる人』であって『ピンチに駆けつけてくれるカッコいい奴』ではないのだ。
日々システムの向上を試みて努力するシステムエンジニアがヒーローとは呼ばれないのに、殺人事件が起こったときだけやる気を出す怠慢な探偵の方がヒーローと呼ばれるように。
僕らが求めているヒーローとはすなわち、僕らが勝手にピンチに陥ったときに居てほしい、一番ちょうど良いやつなのだ。
畜生街道で僕らが求めているヒーローは、間違いなくリュー・ノークランだった。
しかし、それはあくまでも僕らが知りうる中で、この場をもっともスマートに解決できるキャラクターがリュー・ノークランで、しかも彼がこの場に来てくれる可能性がもっとも高かったからに過ぎない。
極端な話――この場において。
助けてくれるのは、誰だって良かったと――それだけの話だったりする。
☆
意識が朦朧としている。
視界は曇りガラスを通したかのように不鮮明。
鈍痛が絶え間なく身体を襲い、その痛みから逃れようとして身をよじれば激痛が走る。
そんな状況――だけれど、僕は、生きていた。
「――あ、あ」
激痛を無視して、ぼやける視界も無視して、手を伸ばす――なにかに触る。これはなんだ。この手触りは――ざらざらしていて、もろく崩れて、けれど表面の下に硬さを感じるものは。
そうだ、地面だ。
意識が戻る。思考の焦点が合う。
――地面に転がっていますの、ね。
隙あらばブラックアウトしようとする脳みそをなんとか動かして、考える。
――ジャイアント餓鬼。そう、わたくしはジャイアント餓鬼に吹き飛ばされて……つまり。
視界がようやく正確さを取り戻し始めた。
あたりに散らばるのは、簡素な布や木の残骸。
まだ情報が足りない。両手に力を込めて、上体を起こす。激痛が走る。けれど、それどころではない。
「つ……」
口の中も血の味がする。じゃりじゃりした食感。砂も噛んでいるようだ。ゲホゲホと血の塊ごとその食感を吐きだした。せき込むたびに腹の下から胸にかけて痛みが走る。臓器も傷ついているかもしれない。
「……あ」
先ほどまで戦っていた道が、眼前に在る。左手にのそのそと歩くジャイアント餓鬼がいる。正面には地面に落ちた棍棒。右手には、こちらに向かってなにか叫んでいる亜理紗とエドガーがいる。
――なにを言っていますの?
ほとんど聞き取れない。いや、声だけでなく、先ほどまであれほど敏感に感じ取っていた風の音すら聞こえない。
頭痛がひどい。揺れる頭が、音を拾えるほどに回復していない。
――う。ブーメラン的になげられた棍棒を受け止めようとして、【陽炎舞】が切れていたから吹き飛ばされて……。
横回転する棍棒に日本刀を立ててあわせた結果、横に弾き飛ばされ、僕と言う障害物に慣性を移した棍棒がその場に落ちた。
道の横に吹き飛ばされた僕は、あばら家に突っ込んでそれを破壊しつつ止まった、と。
そういうことだろう。
――どうやら、気を失っていたのは数秒程度みたいですわね。
両足がだるい。けれど、そうも言っていられない。
無理に立ち上がろうとして、よろけた身体を誰かが支えた。
「大、丈夫……?」
少年だった。小さな少年だ。年のころは15歳の僕よりもさらに若いくらい。
ぐわんぐわんする頭に、至近距離からの声が聞こえた。聴力も戻ってきている。
――と。
少年の頭から血が流れていた。このあばら家に住んでいた少年だろうか。だとすると、巻込んでしまうことになる。彼を守っていた『門』の概念、引いては『閉じた空間という結界』が消滅したから、彼は妖に襲われるだろう――そして、そうなる原因を作ったのは僕だ。
「あの、大丈夫ですか?」
「――っ。ええ、大丈夫ですわ……!」
もちろん、強がりだった。
大丈夫なわけがない。ジャイアント餓鬼はもうすぐ棍棒を回収して僕か亜理紗とエドガーかを襲うだろう。フライングスネコスリも、流血する僕と少年に噛みつきたくてうずうずしているはずだ。
MPはもう尽きた。
エドガーの回復魔法が飛んできているが、戦闘不能な僕の身体を癒しきるほどのものではない。
詰んだ。
詰んだんだ。
リュー・ノークランは来なかった。
僕らは耐えられなかった。
負けたんだ――。
空からフライングスネコスリの群れが、こちらに殺到してきている。
迎撃する余裕などない。ましてや、少年を守ることなど――到底できない。
「逃げなさい、貴方……!」
「え……?」
そこでようやく、少年はフライングスネコスリに気付いたのだろう。驚いたように目を見開いて、固まった。
――駄目、駄目ですわ。見たら動けなくなる――恐怖で思考が止まってしまう!
また、裏目に出た。僕の行動はどうにも、悪くなる傾向があるらしい。
ごめんなさい。
そんな僕も、ここで終了です。
ちらりと、エドガーと亜理紗のほうを見る。2人して血相を変えて、妖など気にせず、こちらに走ってきている。
――馬鹿、蔦の範囲外に出るなんて、正気ですの?
けれど、そうしてでも助けに来ようとする気概は、正直嬉しかった。
――まあ、さようならですわね。
どうせ2度目の人生だった。お早い終わりも仕方がない。もちろん、心残りはある――ラーメンが食べたかった。
亜理紗があそこまでいうものだから、僕自身、それなりに期待してしまっていたのかも。
だから――ああ。
もう少し、生きてみたかった。
フライングスネコスリが、あわや僕と少年に襲い掛かる。
と、そんなときだった。
「――おいらのナワバリでなにやってるんだ、妖ども」
ごう、と炎が上がった。
フライングスネコスリの群れを、横あいから業火が襲った。瞬間的に熱された空間が膨張し暴風となった。
炎属性。それも、【陽炎舞】しか使えないような僕とは違う、本物のスペルキャスターとしての炎熱術師。
フライングスネコスリの群れを、悪いはずの相性を無視して金属バットも使わずに全滅させるほどの傑物。
「ついでに言うが、そちらのお嬢様はおいらの大切な人だ。ただで帰れると思うなよ」
火炎放射を射出した方向に目を向ける。
煙管を咥えた物憂げな美女が、酷く冷徹な目でジャイアント餓鬼を見つめている。
彼女こそが、玲王・暁之宮からこの場所の管理を託された“ナワバリの主”。
悪党蠢くスラムを力で支配できると判断された者。
圧倒的火力の支配者。
おりん・スチュワートがそこにいた。