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ラーメン編『スープを作ろう! 畜生街道激闘伝』‐12





 策。

 亜理紗が最初に提示したのは、援軍の可能性だった。


「こちらには回復魔法持ちのエドガー君、バインド系だが対空よりは対地寄りの性能の私、1対1に限定すれば瞬間火力の大きいリリィ君がいる。このメンツなら十分あのデカブツにも対応可能だ。だが、」

「フライングスネコスリ……こいつらが邪魔ってことか」

「そうだ。そこで、この妖の群れを倒せる範囲魔法持ちか、あるいは単体で群れを相手取れる人がいれば――勝率は変わる」

「そんな都合のいいやつが来るっていうのか? ――いや、アテがあるんだな」


 エドガーは意外と冷静に、そう言った。

 けれど、僕は同時に、いまだに到着していない待ち人について思いを馳せていた。


「――ええ。来ますの。来るはずわ……誰かのバタフライエフェクトが悪い方へ影響していなければ」


 リュー・ノークランはニヒルな二枚目でありながらヒロイックな面を持つ。

 ――そう、毎夜毎晩、スラムに住む他人のために妖を狩って回るほどに。

 だったら、この状況。彼が見つければ、必ず来てくれる。


「そう。アテがある。逆に言えば、だ。どうせ逃げられないならば、そのアテが来ると信じて耐えるくらいしか策はない。――いいかい?」


 亜理紗は指を伸ばして、言う。


「ひたすら時間を稼ぐ。編成は前衛リリィ君、後衛に私とエドガー君だ。エドガー君は回復を飛ばしてリリィ君を支えてくれたまえ。私も蔦の防空壁を保ちながら、可能な限りバインドでジャイアント餓鬼を鈍らせる」

「おい、ちょっと待て、セントラル君。それじゃあ――リリィが傷つく前提じゃないか!?」

「エドガー様、紳士であろうとする心意気には感謝いたしますけれど、もう時間はありませんわ」


 僕は羽織っていた上着を脱いで、身軽なシャツ姿で肩をぐるりと回した。

 ――さて、正念場ですわね。

 いろいろとダメな方向に転がりまくった展開だけれど、なんだろう。

 不思議と笑いが漏れた。危険に晒されすぎた2徹の脳みそがおかしくなったのかもしれない。

 けれど、やはり――ああ、駄目だ。

 面白い。

 この展開は――面白すぎる。


「【陽炎舞】と――そうですわね、エドガー様。その太刀、お借りしても?」

「……正気か、リリィ」

「いいえ。それなりに長い付き合いですもの、ご存知でしょう? ――わたくし、正気じゃないのが売りの悪役ですもの」


 正気じゃないから。

 ルートを外れたこの未知のイベントに、心躍らされているのだろうか――。

 彼の刀を受け取って、僕は駆けだした。

 すでに抜き身。女性の身には重い真剣も、【陽炎舞】を発動した僕なら振り回せる。

 ジャイアント餓鬼が唸り声を上げて、棍棒を振り上げた。

 ――叩きつけですわね!

 あそこまで見えていればテレフォンパンチと同じだ。だから、横に距離を取って避ける。

 ずどん! と、馬鹿でかい木の棒――というか、細い木の幹くらいある――が、地面に激突し、土埃が舞った。

 ただでさえ暗い闇夜で、土埃がさらに視界を悪くする。けれど、問題ない。

 【陽炎舞】は視力も上げてくれるし、なにより僕自身が内側に炎を宿している――炎は闇夜において見通すために使われるものだ。

 炎の概念が、僕を動かしてくれる。


「――と」


 ジャイアント餓鬼は、すでに次の挙動へと移っていた。

 叩きつけからの、振り回し――餓鬼にとっては足元を払う程度だろうけれど、僕にとっては胴狙いの丸太アタックだ。

 だから、跳ぶ。

 背面跳びの要領で、背中を地面に向けて、跳ぶ。

 棍棒に巻き込まれた風が音を立てて僕を飲み込んだけれど、棍棒そのものは当たっていない。

 ――いけますわね!

 そう思い、しかし、


「――リリィ君! スネコスリ、左だ!」


 言葉が聞こえたのとほぼ同時に、左腕に衝撃。一拍遅れて、激痛が走った。

 フライングスネコスリが、太刀を持つ左腕に大口を開けて噛みついてきたのだ。

 亜理紗の対空防壁蔦の範囲外に出ていたことを、すっかり失念していた。

 そのまま、僕はバランスを失って着地に失敗し、無様に地面に転がった。


「ぐぅ……!」


 痛みを堪えながら、フライングスネコスリの頭を右手で掴んで、炎と熱を流し込む。

 ごお、と燃え上がって、その妖は絶命した。

 けれど、まだ終わりではない。

 低いうめき声と共に、棍棒が転がる僕めがけて振り下ろされ――


「――蔦バインド!」


 地面から伸びた複数の蔦が、腕ごと棍棒に絡みつく。

 もちろん、すぐに力ずくで引きちぎられて、棍棒は地面に叩きつけられた。

 轟音。土埃がさらに舞い上がり、かき混ぜられる。

 でも、それは本来起こるはずの事象から一瞬遅れていた。

 いや、亜理紗の蔦が、一瞬、棍棒を遅らせたのだ。

 その一瞬が、僕を救った。


「ありがとうございますわ、騎士様」

「姫を矢面に立たせる騎士で申し訳ないけれどね」


 猶予となった一瞬で、僕は地面を転がって起き上がり、棍棒から逃れることができた。

 だくだくと血を流す左腕は痛むけれど、生きている。太刀を手放していないあたり、握力に影響を及ぼすほどの噛み傷でもなかったということ。

 そして、


「――水系の治療術式はその場しのぎの止血と痛み止めの意味が強い。リリィ、絶対に無理はするなよ」


 背後から飛ばされた、エドガーの回復魔法が、僕の血と痛みを止める。

 無傷では済まなかったけれど、それでも――しのいだ。


「……はあ、タンク役のキャラって、大変ですのね」


 ほんの30秒にも満たない、殴り合いですらない一方的な攻撃に対する回避でこれだ。

 豪快に土埃を割って、ジャイアント餓鬼が棍棒を横なぎに振り回しながら襲い掛かってきた。

 上からはフライングスネコスリが噛みつくチャンスをうかがっている。

 ――本当に、タンク役のキャラって、大変ですのね。

 HPバーを削られ、増やされの繰り返しだ。今までゲームキャラに当たり前に取らせていた行動が、リアルだとこうも痛々しく理不尽だとは思ってもみなかった。


「――まあ、泣き言よりもまずは生き残ることですの」


 振り回される棍棒に日本刀を立てて構える。右手は刀身の上の方を支えるように沿わせて添えて、


「ぐっ……!」


 受け止める。全身の筋肉が、衝撃の瞬間びきびきと筋張った。

 巨体の膂力を受け止めきれずに、数メートル後ろにずらされた。

 踏ん張ったはずの足が、その一撃だけで震えだす。

 だけど、耐えられた。


「――まったく。こんな重労働のあとには、ラーメンが食べたいですわね。しょっぱいのが」


 だから、


「さて、まだまだ耐えますわよ……!」


 次の30秒が、始まる――。





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